[第一部]インターミッションB
彼の表情に柔らかいものが混じり始めたのは、この交換日記のような取材のやりとりを開始してから、通算にして三回目の映像だったと思う。
これは仕方がない、と私も思っている。私の映像だって、あとで見返して一回目はどこの面接に行くのかという感じだったし、二度目はショックで泣きはらした後の映像、三度目にしてようやく平常心で話せたくらいである。彼のほうも時間が経つにつれて落ち着いてきたということだろう。
取材は、する側とされる側、お互いの信頼関係があって初めて成り立つものである。相手の事情を考慮せず、ただスクープのみを追いかける取材というのもあるが、どちらが正しい記者の姿なのかを論ずるには、私はまだ若すぎる。
少なくとも私は、相手の信頼を得てから話をする記者でありたいと、そう思っている。
そうやってようやくお互いが会話らしいものを交わせるようになった頃、四回目の映像だったろうか、その内容を見た私は驚いて思わず椅子から立ち上がった。
彼がN227惑星におけるアムテス皇国軍との戦いに出ていることは、軍からの事前情報で私もよく知っていた。
その彼のビデオによれば、ある日の戦闘で戦ってそして引き分けたアムテス皇国軍の貴族から、なんと名指しで決闘宣言を受けたという。
私は慌ててアムテス皇国の事情に詳しい先輩記者に事の真偽を確認してもらった。
その結果は、予想より早く、映像つきで来た。
急いでその映像を見ると、私と同じくらいの年頃の少女が皇国の記者から取材を受けている光景がそこに映し出されていた。
嫉妬するくらいにきれいな黒くて長い髪、羨ましいくらいにすらりとしたボディ、そしてアムテス皇国のルーツである日本人特有のかわいらしい童顔。
これを持ってきた先輩記者は、彼女がアムテス皇国でもトップクラスの貴族、フソウ家の一人であることを教えてくれた。
そんな貴族の少女が戦争へ出ていることに私は驚いたが、それ以上にショックだったのは、子供かと思うほどの年頃の少女が、彼を殺そうと狙っているという事である。
さらには、もし勝負に負けて自分が生きていたら彼と結婚するなどと言っていたが、これも先輩記者に言わせれば、本当にそんな事態に陥ったらこの少女は身一つで家を出ることになるだろうから、彼女にとって命がけの宣言とあまり変わらないとか。
かつてのクラスメートが、友人だった彼が、強大な貴族から命を狙われている。
私の驚きと焦りを前に、映像にいる彼は、家族や友人達に心配しないよう告げていた。
どうしてそんなに落ち着いていられるのか、怖くないのか。
落ち着いて、苦笑いしながら喋る彼の映像を見ながら、逆に私がパニックになりかける。
そして、最近になって私の心の中に芽生えてきた、記者としての冷静な私が、一つの問いを投げかける。
この映像は軍も確認しているはず、なぜこれをそのまま私に流したのか。
宣伝、か。
私は心の中で呟いた。
貴族の女に命を狙われる兵士という図式は、三流ゴシップ記事を好む多くの人々への、まさに格好の餌だ。
うまくすれば一時的にでもクーデターの件や紛争の惨禍から人々の目を逸らすことができるし、彼に対する同情、ひいては軍に対する同情にもつながるだろう。
だが、軍はそんなことをして何になるのか?
今更、人々に媚びなければならないほど、いまの軍は人々から嫌われてはいない。
ではそこに何の意味が?
私は頭を振った。
情報が少なすぎる。いや、違う、私の役目は軍の何かを探ることではなく、彼と話をして、最前線にいる兵士達の話を人々に送り届けることだ。
こんなビデオを使った手法では、時間ばかりかかって駄目だ。これほどの事件に巻き込まれているのであれば、いまその時の声を聞かないと。
だが、直接の取材は軍によって禁じられている。その許可を得たくとも、私だけの力では実現できないだろう。もっと力のある人の協力が必要だ。
私は彼の映像が入った端末を鞄に入れると、自分の席にもどって電話をかけた。
その番号は、私の両親がいる自宅の番号だった。