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[第一部]インターミッションA

 私が彼からのビデオレターを受け取ったのは、取材が開始されてから一ヶ月ほど後のことだった。

 日付を確認すると、録画されたのは先週くらい。これを受け取るまでに随分と紆余曲折あったものだが、こうして実物を目の前にすると感慨深いものがある。

 同時に、こんなビデオレターによる交換日記でしか彼とのコミュニケーションを取れない現状に、思わずため息をついてしまう。

 もともとこの取材は、彼のいる場所に私が直接出向いて行う予定だった。

 交通費はそれなりにかかるが、軍が求める秘匿性や記事までのタイムラグを考えると一番堅実な方法であったし、軍も最初はそのつもりだった。

 だがその頃になって、彼のいるN227惑星付近で敵軍の動きが活発化、私がその場所へ行くのは危険すぎると軍からストップがかかってしまった。

 代案として直接通信でインタビューできないかと軍へ問い合わせてみたが、残念ながら不可という回答が来た。これは軍の機密がどうこうという話ではなく、それを可能とする数少ない方法が、軍の作戦行動用として全て使われてしまっているためである。

 そして最後に思いついたのが、記憶媒体ユニットに取材映像を入れて送るという、なんとも古式ゆかしい交換日記方式だった。

 情報の秘匿性は記憶媒体ユニットを軍の情報部に管理してもらえばいいし、輸送中に敵の攻撃を受けてユニットが破壊されても、たかが機械だからまたそれを作ればいい。

 唯一の問題は情報のタイムラグがひどいというところだが、実現すら危ぶまれたこの取材で、その程度のマイナスなど許容すべき範囲だろう。

 私はデータが入ったユニットを手に機密保持用の個室へ入ると、すぐに映像の再生を始めた。

 私に余裕があったのは、ここまでだった。

 録画の時間は十五分、冒頭には軍情報部の検閲が行われていることを示す映像が加えられていた。

 これはまあ、最初から予想していたので、それほどショックではなかった。

 映像の内容は、彼がいまの近況を一方的に話すというものだった。コミュニケーションが取れなかった中での映像だから、これも仕方がないだろう。むしろよく十五分も話をしてくれたものだと感心する。

 このビデオを作った時点では、取材記者が私であることを彼は知らなかったのだろう。話す内容はかなり杓子定規であり、ぎこちなさがいっぱいであった。相手が私と知れば、次はもう少し柔らかい表情を見せてくれるはずだ。

 その、改造されたとわかる顔で。

 私の記憶に残る、大人しかった、物静かな少年はそこにいなかった。

 全身は筋肉質な体つきとなり、背筋も真っ直ぐである。言葉はですます調で、かつて他愛も無い話をしたころの印象はどこにも残っていない。

 そして彼の顔には、ナノマシン改造を受けたと思われる光の筋が何本も、うごめいて、走っていた。

 ナノマシン改造そのものはとくに珍しいものではない。一般社会でも、コンピュータ技術者や通信技術者などはその改造を受けて仕事をしている。技術そのものも遠い昔からあって、実績もある。

 だが、この改造は一つ例外があった。

 それは、成長途中の子供に使ってはならないということ。

 成長によって肉体が日々劇的に変化し続ける子供は、ナノマシン改造を受けるとその身体に大きな悪影響が出てしまい、高い確率で成長が止まってしまう。自分はもう成長の終わった大人であると体が誤認識してしまうのがその原因らしい。

 詳しい事情は学者の論文クラスに難しい話なので私もそれ以上は知らないが、病気などの特別な事情がない限り、ナノマシン改造は原則として検査を受けた大人以外は禁止となっていた。

 少なくとも、いま目の前の映像にある、私と同じ年齢の男子が受けてはいけないはずの改造なのだ。

 この国の大人達は、いったい何をしていたのか。

 軍艦での生活を語る彼の映像、それでも私は頑張って聞いた。

 一言一句、あとでいくらでも再生できるとわかっていても、聞き逃さないようじっと耳を傾けた。

 話の内容から、彼が今の生活に慣れて、元気にやっていることは伝わってきた。

 哨戒機の操縦士という、直接人殺しの引き金を引くような役目でないことに、どこか安堵する自分があった。もっとも、それはひどい誤解であることを後で知ったのだが。

 たまに見せる、どこか子供っぽい、自分もまだ子供ではあったが、そんな表情に思わず頬が緩む自分があった。

 そして話が終わり、映像がブラックアウトしたところで、私の我慢は終わった。

 声を抑えて、私は泣いた。

 同時に、私自身に対する嫌悪感も、どす黒く胸の中で渦巻いていた。

 方や、安全かつ楽な道を行っている私と、方や、徴兵されて改造さえされて、いまも戦地で戦っている彼。

 ついこの間まで、同じ学び舎にいた学生同士だったはずなのに。

 何もなければ、ひょっとしたら同じ高校にいて、他愛のない会話をしていたかもしれないのに。

 目の前に突きつけられた現実が、これは今までお前が背を向け溜め込んだ負債なんだと主張するかのように、私を真正面から押しつぶす。

 そうしてしばらく泣き続けて、落ち着いた頃、私は一つの決心をした。

 彼との話を続けよう、と。

 戦争という一つの時代に生きている人間として、この話が何かを残す切っ掛けとなるのなら、と。

 そして私はもう一度、まったく新しい気持ちを持って、彼の映像を見返したのであった。

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