ビッチですけど、なにか
サトシの「連絡します」の言葉から、二週間が経った。
連絡はまだない。
新婚旅行から戻ってきたリカは、以前にも増して仕事に没頭している。
昼食を食べた後、リカはパソコンのキーボードの上で突っ伏して寝ていた。椅子の背もたれにかけてあるカーディガンを、ノリコがそっと背中にかける。
「ありがとう」
リカは顔を上げずに小さな声で返事をした。
「ごめん、起こしちゃったね」
「ううん、大丈夫」
「リカ、無理しすぎだよ、身体壊すよ」
「わかってる。でも、結婚してパフォーマンス落ちたって思われたくない」
「誰だって、結婚したら、落ちてトーゼンなんだから……。全く、何言ってんのよ」
ノリコが立ち去ろうとした時、リカはようやく、おでこに手の指のあとが赤くついた顔を見せた。
「ノリコ、お願いあるんだけど」
リカが机の下から取り出した紙袋の中味は、結婚式当日のスナップ写真だった。
「すごい量だね」
「そうなの、下の方にまだ封筒のままのもあるし、みんなそれぞれのカメラで撮ってくれたから、お友達に渡してねって言われても、そんな暇ないし」
ノリコが袋の中を覗き込んで、無作為に選んだ数枚に、あの日のサトシが映っていた。
「スズキさんとか、みんな元気?」
何気なく聞いたが、世界で一番知りたい事だったかもしれない。
「知らないよ、忙しくやってるんじゃない」
ノリコは、時間がかかってもいい、という条件付きで、この面倒な仕事を引き受けた。写真の整理が、会う理由になるかもしれない、という秘かな下心だ。
後で考えるとそんな小細工は必要なかった。
年が明けた一月五日。お正月休みの最後の日曜日、サトシからメールがきた。
初詣に誘われた。
「ビッチ、見いーっけ」
朝の女子トイレでメイクを直していたノリコに、背後から声がした。驚いて振り向くと、扉を背に、ニヤニヤしたリカの姿があった。
「いいなぁ、ノリコ。めっちゃ綺麗になって」
「な、何言ってるのよ、自分のがよっぽど綺麗なくせに」
「ちがーう、誰かに恋してる時の綺麗さよ、弾んだ気持ちがこっちにまで伝わってくるの」
「はいはい、わかったから、早く自分のフロアに戻って」
「ねえ、ねえ、サトシ先輩とどうなの?」
困ったことに、リカは扉の取っ手に、背中をもたれかけて塞いでいる。何も言わなかったら、通してくれないだろう。
ノリコは開き直った。
「実は、昨日会ったの。で、今日は彼の部屋から来たの、この答えでご満足? 芸能記者さん」
「うっそーっ! 初詣が初デートって、言ってなかった? 」
リカは両手で口を押さえて驚いている。
「そうよ」
平然と答えたノリコだったが、舞い上がっている自分を止める理性が、機能しないくらいサトシを好きになっていた。
リカは扉を開けて、ノリコを先に通しながら、そっとささやいた。
「サトシ先輩、九州男児よ、一本気で譲らない頑固なところもあるかも」
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最後まで読んでいただきましてありがとうございました。
今日の 夜 9時前後に投稿予定の活動報告は……。多分、リカさんが担当しそうです。次話の投稿予定の日時も、リカさんから聞いて下さいね。