「ノリコ・プレミアム」始動!(上)
ノリコは、簡単な自己紹介をした後、二人の話に耳を傾けていた。加わってみると、特別な話題で話が続いているわけではなかった。 ただ、その年上の女性とエマ先生の視線は、ノリコの何かに気づいたタイミングで、数回、交差していた。
同席していた女の子は、帰る直前に、「エマ先生、玄関で、ちょっと失礼します」と断って、ワンピースの裾を少しだけめくり上げ、ガーターベルトのような物で、太ももを締めていた。びっくりしたノリコに
「最近、忙しくて、運動不足になっちゃって、外を歩くときは、加圧してるんです」
と、笑っている。
ハイヒールだけでも大変そうなのに、加圧のベルトをして大丈夫なのだろうか。ノリコの不安な表情をよそに、ここでは、当たり前の事なのか、エマ先生は何も言わない。
三十分ほどして、ノリコと先生だけが、スタジオに残って、これから毎日心がけるエクササイズを教えてもらう時間になった。 ノリコは、バックに入れておいたTシャツとレギンスを取り出した。エマ先生が慌てて止める。
「あっ、着替えないでいいの。 普段の生活の中で出来るエクササイズしかやらないから。運動する為の時間を、わざわざ作るの大変でしょう? 」
「でも、定期的に時間を作って、取り組まないと、効果が上がらない気がするんですけれど」
エマ先生は首を横に振る。
「今の生活の全てを、自分を綺麗にする為のエクササイズに変えるの。毎日の生活を利用して、どんどん綺麗になっちゃいましょうよ」
「今の生活を、全てエクササイズって、どうやって? 」
「焦らない、焦らない。細かい事は、追い追いね。とにかく、ざっくり話すと、今この瞬間から、ノリコさんは、舞台に立つの」
「舞台?」
「もし、人から見られる立場になったら、どんな風に変わると思う? 」
「それは、多分、身なりに気を使ったり、言葉遣いも丁寧になって……、あと、身のこなし方も、見られてると思うと緊張して、雑にはならないです」
エマ先生は、大きくうなづいた後、ノリコの姿が、鏡の二方向から映る位置に誘導した。
「ねえ、お年寄りのモノマネ、してもらえる?」
「お年寄り?」
「どんなイメージが最初に浮かぶ? 体を使って、表現してみて!」
「腰が曲がって、えーと……」
ノリコは、前かがみの姿勢を作った。
ノリコの答えは、まだ途中だったが、エマ先生は満足そうだ。
「実は、ノリコさん、姿勢がちょっと猫背気味で、後ろ姿に疲れが出ちゃってるの。 会社でパソコンに向かいっぱなしのせいもあるのかな。 でもそれって、すっごく損してるのよ。 今のままじゃ、本当に三十五歳か、それ以上にしか見えないの。 猫背の姿勢に、若さや元気って感じられないでしょう? 」
ノリコは、高田部長の若々しい立ち姿を思い出していた。たしかに、姿勢は大事だ。
「まず、背筋をピン!と伸ばして、後ろ姿を若くしちゃいましょうよ。
で、今日から、寝ている時もエクササイズにするの」
「寝る前に、必ずやるってことですね」
エマ先生は、ノリコの的外れな答えにも嬉しそうだ。
「寝返りはどんどんしてもいいのよ、でも、なるべく、横向きの姿勢で寝る時間を、短くして欲しいの。横向きだと肩が前に入っちゃうから」
「ずっと、仰向けを意識しながら寝るってことですね」
答えてはみたが、これだけでも案外大変そうだ。
「ねえ、ノリコさん、誰だって綺麗になりたいわ。でも、身体のパーツ全てが、望み通りにならないのなら、今、自分の体にあるもので頑張るしかないじゃない? 」
ノリコはうなづいた。
「もちろん、ノリコさん、今のままでも綺麗よ」
「いえそんな」
エマ先生に、真剣に言われると恥ずかしくなる。
「だけど、もっと綺麗になれる、っていうか、もっと綺麗なノリコさんを見せられるはず。
さっき、私が、ノリコさんの後ろに立って姿勢を直したでしょ。あの後、動きはぎこちなかったけれど、ここに来た時よりもかなり、スッキリした後ろ姿になってたのよ。 身体の前も大事だけれど、後ろ姿も素敵になったら、誰かに注目される機会は、二倍になるのよ!」
「後ろ姿を綺麗に? 」
「そう、素敵な人は、いつも自分の前から来るとは限らないでしょ? 出会うチャンスを二倍にしましょ!」
「出会うチャンスを、二倍に……」
「私とのレッスンは、まず、一人ではやりにくい背中側のエクササイズを徹底的にやるの。メイクやファッションは、今、情報があふれて、一人でもかなり出来るから……。
後ろ姿で、効果あるのが実感できたら、自然と前側もやりたくなっちゃうわよ」
エマ先生は話し続ける。
「なんていうのかなー、同じ中味のものでも、製品名にプレミアムって付くと、その方がお得な感じがして買うでしょ、買う側の心理として……」
「プレミアム? 」
「飲み物でも、お菓子でも、プレミアムって付くと、そっちの方が良く見えない? 」
ノリコはうなづく。
「そのプレミアム感を、まず、外見でわかるようにしたいの」
「服装とかでですか?」
「ううん。服装は、流行もあるし、お金がかかるわ。
言ったでしょう? 今、ノリコさんが持っているものをなるべく活用して頑張るのが、第一段階、メイクや服装はその後!」
「基礎、土台作りを先にやるんですね」
「そうよ、外見を最大限活かす為の中身、つまり、魅力的なボディーを作るのよ。
スッキリとした背中、膝が前に出ないまっすぐな脚、両肩が前に入らない女性だけが持てるデコルテのライン、その綺麗な姿勢のボディーにお洋服を着せて……」
「着せて……?」
エマ先生は、急に、小悪魔のような上目遣いになった。
「誘うのよ」
「ど、どなたを誘うんですか? 」
「あー、もう、いいわ、いやんなっちゃう。
きっとねー、あなたのこと好きな人ってたくさんいるのよ。でも、そのボーイフレンドに、今も気持ち引っ張られてるから、気づかないのよ。
まあ、どうでもいいわ、そんな過去のことなんか……。
とにかくぅー、「ノリコ・プレミアム」作戦、始動よ! 」
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今日7/17(金)の夜、9時前後の活動報告で、作品の楽屋話と第19話の投稿予定日時をお知らせします。よろしかったらそちらもご覧くださいませ。




