ガチで自分磨き (上)
渋谷のスクランブル交差点は、多い時で、一度に三千人が渡るらしい。青信号になる度に、渡る人達が身に付けた色彩が、万華鏡の様に交差する。この人数の半分くらいは、男性なのだろうか。
超一流大学の、毎年の卒業生も、三千人ぐらいと聞いたが、大学の正門の前で、おしゃれして待っていたら、知り合う機会が、あったのだろうか。
よこしまな考えだとは思ったが、世の中の約半分は男だ。これだけの人がいるのに、自分の相手に、何故出会えないのか、不思議な気がした。
確かに、「男なら誰でもいい」という条件なら、明日にでも結婚できる。
自分が男性だったら選ばないような女の子が、先に結婚している。ただ、そういう女の子の旦那さんは、その子にお似合いの、それなりの男性のことが多かった。心の中では、その人が自分の生涯のパートナーとなるなら、独身のままでいいと思ってしまう。
結局、あの五年間が、自分の恋愛の価値観を決めてしまって、理想のハードルを、上げてしまったのかもしれない。
日曜日の午後、輸入物を扱うセレクトショップの中にあるカフェで、リカと一緒に、食事をしていた。最近、二人とも、このお店の食事系パンケーキにハマっていて、週に一度は、食べに来ている。
二人用の小さなテーブルの下に、リカが買い物したショッパーが、ずらりと並ぶ。 忙しいリカは、買い物する時は、そのシーズンに着る物を、まとめて買ってしまう。「今日は、靴を買う」と言っていたが、夏物のミュールを含めて、六足お買い上げだ。
テーブルの下に、脚を伸ばせなくて、二人とも斜めに座っていた。
膝上十センチのスカートから、惜しげもなく披露されるリカの細い脚に、ノリコは見とれていた。膝の位置が高いだけでなく、膝の形も小さくて可愛い。
「お見合いダメだったかー」
「期待に添えなくて悪かったわね」
「まあ、幸せの形は、人それぞれだから……」
「あー、やめて、そういう慰め方。一番こたえるわ」
「じゃあ、私みたいに、女を忘れて、仕事に生きる? 」
「それも無理。そういうタイプに見える? 」
「見えないけど、時々場外ホームラン打つじゃない」
「何のこと? 」
「おととい、高田部長とすれ違ったら、鈴木さんが、弾丸ガールに戻ったって、言ってたから……。すごいの提出したんだって? 」
「ああ、倉庫のシステムに関する要望書のこと? あれは違うの。池田に倉庫乗っ取られる時に、文句言われない為の防御策よ。ロープ背負ったら誰でも出来るわ」
ノリコは、両腕を顔の前で構えて、ボクシングのディフェンスの真似をした。
誰でも出来る、は、嘘だったかもしれない。お見合いをした日の夜から、ほとんど寝ないで作った久しぶりの力作だ。
「噂なんだけど、引越しの荷物、部屋ごと捨てたって、本当なの? 」
「本当よ。リカには、ずっと前に話したじゃない」
リカは、一息入れてから、ノリコの正面に身体を向けた。
「ねえ、ノリコ。今更だけどヴィレッジに行く気ない? 」
ヴィレッジ、久しぶりに聞いた言葉だ。
「無理だよ、私、リカみたいに頭良くないし、仕事も出来ないし……」
「違う違う、ビジネスのヴィレッジじゃなくて、美容とかのヴィレッジの方。ノリコには必要ないと思って、そっちで誘わなかったけれど、エマ先生、アメリカから戻ってきて、ビューティーレッスン中心のコーチングやってるの」
「エマ先生……」
サトシとの別れがあった後、「カウンセリングを受けた方がいいよ」と、リカに誘われて、一度だけ、そのエマ先生に会った。
世界中をツアーで回るバレエダンサー、と聞いただけで、別世界の人に思えて、会うだけなのに気後れしてしまった。かなり年下のはずだが、小さい頃から舞台で踊っていたからか、ノリコより大人の印象だった。
エマ先生のお母さんは、コーチングの分野では有名な人らしい。 コーチングは、カウンセラーと話をしながら、相談者のやる気を引き出し、目標達成をサポートする技術らしい。
当時のノリコは、例え、エマ先生のお母さんのコーチングを受けて、アドバイスを貰っても、有意義に活かせる精神状態ではなかった。
リカは、だいぶ前、エマ先生のお母さんに、コーチングを受けたという。リカにも、カウンセラーが必要な時があったのだろうか。リカが落ち込んでいる姿なんて、ノリコには想像もつかない。
ヴィレッジは、今どきのコミュニティーと同じ「友人の友人」つながりに近い。趣味でやっているにはもったいないレベルのスキルを、必要としているメンバーに教えあったりするサークルようなものだ。メンバーの人数も少ないので、「村」つまり、「ヴィレッジ」と呼んでいるそうだ。
リカの話では、昼間は、郊外の自宅でトマト作りの名人として農作業に従事している人が、夜は、メチャメチャカッコいいギタリストに変身して。音楽活動でも活躍しているなど、いろいろな人がいるらしい。
エマ先生は、ヴィレッジの主要メンバーの一人で、舞台に立っていた経験を活かして、もっと自分を素敵に見せたい!という目的の為に必要なエクササイズを教えているらしい。
ノリコは、素敵になりたい気持ちはあったが、舞台を目指しているわけでもない普通のOLが受けるには、ちょっと大げさな感じがしていた。
リカのように、組織の要職を目指している場合は、そういうネットワークも、必要かもしれないが、その頃のノリコは失恋の痛手から、自分を高める気力もなかった。
一番のネックとなったのは、メンバーの誰かにレッスンを受けた場合の授業料だった。お寿司やさんの時価と同じで、額がはっきりしていない。感謝の気持ちを包んで下さい、と言われても、困ってしまう。高くても、一回に付き幾ら、と言われた方が、ノリコは安心出来た。
プライベートレッスンなんて、贅沢過ぎる!と考えていたノリコが、今回、行く気になったのは、実家に戻って、今まで支払っていた毎月の家賃分を、自分の為に使ってもいいかなと……。
そう、本当に、そんな簡単な気持ちで、「行く!」と、言ってしまったのだ。
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最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
読んでいただいている方で、夜の活動報告を見るお時間がない場合もあると思いましたので、今日は、ここで、明日の投稿予定時間をお知らせしたいと思います。
明日7/16(木)の、投稿時刻を、お昼の12時、に変更させてください。
今日7/15(水)、夜9時前後の活動報告で、もう一度お知らせします。よろしくお願いします。




