究極の断捨離
部屋の真ん中に、積み木のように、ダンボール箱を積んで、その側面にマジックで番号を書いていた。実家に戻るので、家具のほとんどが不要になった。ベッドや冷蔵庫などの大物は、すでに処分して、必要最低限の物を、思い出と一緒に箱詰めした。
部屋の壁に寄りかかって、天井に付いた薄いシミを眺めていた。ノリコが引っ越して来る前からの住人だ。入居当初は、真っ白な天井を汚す欠点にしか、思えなかったが、三年もの間、一緒に過ごしてきたのだ。目覚めた時に、最初に目が合うこの友達と、別れるのは寂しい。
家具を取り払って、壁と天井だけで作られた空間は、意外に大きい。窓を開けると、以前は感じられなかった風が、勢いよく流れ込んで、部屋の扉を乱暴に押し開いた。カーテンを取り外した窓に入る光が、ノリコの足元にまで伸びている。
この部屋で暮らした自分を、好きになれなかった。
憧れの吉祥寺。
白い外観にこだわった、一人用25㎡の部屋も、駅から徒歩で二十分かかる。吉祥寺に住んでいます! と、公言できない程の不便さだ。それでも、ここに住み続けていたのは、サトシに振られて、心の全てを失った自分に、「吉祥寺」というおしゃれな飾りが必要だったからだ。
この部屋で暮らした三年間、本当は、死ぬほど寂しかった。もう一度、誰かを愛して、誰かに愛されたい気持ちで、毎日過ごしてきたのだ。
そこそこの男性と結婚して、子供がいるありふれた家庭。
自分の人生にも用意されているのが、当然だと思っていた。結婚が、人生の目標になるなんて、信じられなかった。自分が、誰からも相手にされない女だと、認めたくなかった。
「縁があれば、結婚出来るわよ」なんて、軽々しく自分を見下す周囲の声で、励まされたことなんか一度もない。「私はこのままで幸せなの」という見栄を武器に、自分を守る為に、実家を出たのだ。
誰も訪れないこの部屋で、毎晩流した涙を、自分のプライドで乾かして生きていくのが、どれほど辛かったか。
会社から、要らない人間扱いの異動を命じられて、はっきりと自分を知った。
「その気になれば、人生、何歳からでも、やり直しが出来る」は、本当だろうか。
運命を決めている神様に、挑戦状を叩きつけたい気分だ。
結婚とか会社とか、相手あっての幸せに、もう頼れない。
ノリコは、心の中で、その気持ちを握り直した後、引っ越し業者に、キャンセルをお願いする為の電話をかけた。
誰も居ない部屋で、積まれたダンボールや幾つかの家具に、ここで無事に過ごせた感謝の気持ちを込めて、頭を下げる。
思い出と一緒に全部捨ててやる!
玄関の扉を背にした時に、後悔は無かった。
物には心があるという教えを、ノリコは信じていた。こんなことをしたら罰があたって、もっとひどいことが、起こるかもしれない。
それでもいい、もうどうだっていい。
結婚も出来ない、子供も産めない、両親はいつか死ぬ。
誰にも言えない将来の不安や孤独感で潰される前に、見栄なんか捨てて、家族と一緒に過ごすのだ。おひとりさまになる前に、心が豊かだった頃の自分を必ず見つけて、一から人生を立て直してみせる。
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今日7/12(日)夜、9時前後の活動報告で、作品の楽屋話と第14話の投稿予定日時をお知らせします。よろしかったらそちらもご覧くださいませ。
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