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アラフォーに突入

時間は止まらない。「今日」がノリコを三十五歳にした。


コタツテーブルの上にかぶさるような姿勢で、インスタントの焼きそばを食べている。一口をのみ込む前に、次の一盛りを口に入れる、せわしない食べ方だ。

お風呂上がりなのか、シュシュでまとめた髪の毛にツヤが見える。グレーのパーカーに、同系色のスウェットパンツというくつろぎモードなのに、奥二重の内側の眼球は、パソコンに向き合って忙しそうだ。


片付けられない物に囲まれた空間で、スマホケースの花柄とサーモンピンクのカーテンに女性らしさは感じるものの、この部屋に「彼」の気配はない。

パソコンの画面には、三十五歳未婚女性が今後五年間で結婚出来る確率が、統計学上、十パーセントという現実が映し出されている。


スマホが光って着信を知らせる、リカだ。

「お誕生日おめでとー、電話遅くなってごめん。とうとう五日連続で、最終退席者になっちゃった。守衛さんに、この記録はそうそう破られないって、褒められたわ、ハハハ」

深夜だというのに、リカのテンションは高い。

「金曜ぐらい早く帰ったら、ってもうすぐ土曜になるけど……」

車が通る音が時々聞こえる、外を歩いているようだ。

「実を言うと、今日、会社に泊まろうかなーって思ったんだけれど、金曜日だったから止めたわ」

「呆れた。それより、ご飯食べたの?」

ノリコは、空いた片手でテーブルの上に飛び散った青のりを、ティッシュで拭く。

「えーっと、ノリコがくれたおやつが最後だったかな、残業ダイエット実践中」

ふざけた言い方が出来る元気が、まだ残っているようだ。

駅の構内に入ったのか、耳元で聞こえるリカの声に、電車到着のアナウンスが重なって、聞きづらい。

「気をつけて帰ってね」

リカも同じことを感じたのか、声の音量が上がった。

「心配してくれて、ありがとー。でも大丈夫。多分、ダンナが駅まで迎えに来るから……。じゃあ、月曜日に」

通話が終わったスマホを左手に握ったまま、ぼーっとする自分がいた。今から、一時間近くかけて家に帰るリカの身を案じる自分の中の優しい気持ちが、彼女がノリコに聞かせたひとつの言葉をきっかけに、あっという間に消えてしまう。

リカには、帰りを心配してくれるダンナさんがいる。

自分には居ない。

仲良くしていても決定的に立場は違うのだ。


着信の振動がテーブルの上で響く音が、コタツに足を入れたまま寝ているノリコの意識の何処かに伝わった。まぶたをこじ開けて、手探りで電話を掴む。

片手で上体を支えて受けた電話の相手は、母だった。

「あっ、ノリちゃん? おはよう、朝早く起こしちゃって、ごめんね」

その言葉で、ノリコはカーテン越しに感じる光の強さを確認した。コタツの上は、まだ昨日の夜のままだ。ベット以外の場所で寝てしまった硬い身体は、母が話している言葉を聞く態勢にない。

「お父さん、昨日、碁会所の集まりで倒れちゃって、病院に運ばれたの」

ツキーンとした鋭い痛みが身体に走って動きが止まる。

「先生とお話ししたら、今日は血圧も安定してきて大丈夫だけれど、もう少し詳しい検査が必要で、入院することになりそうなの……。連絡あった時は、びっくりしたけれど、碁会所のお友達が付き添ってくれて、病院まで連れてきてくれたから……」

伝えたい一心なのか、自分が聞きたい部分から話がそれていく。まどろっこしい説明に苛立って、押さえつける口調で、母から言葉を取り上げた。

「昨日電話くれたら、そっちに帰ったよ、何で教えてくれなかったの? 」

電話の向こうで、母が戸惑っている様子が伝わってくる。

「だって昨日、お誕生日だったでしょ。私がね、ノリコに電話してくるって言ったら、お父さんがね、やめろって。せっかく友達と遊んでるのに、一年に一回、主役になれる日を、死んでもいないのに知らせるなって、だから……」

母の話は続いていた。


自分が主役の誕生パーティー。

娘を気遣う父の言葉が、身体の中に封じ込めていた複雑な感情を呼び起こしてしまう。同い年の友人は、ほとんどがお母さんなのだ。フルタイムの仕事をしていても、夜、遊びに出るなんて滅多にない。子供の誕生パーティーをこなすだけでも大変だというのに。


ねえ、お父さん、私、もう何年も前から、誕生日を一人で過ごしているんだよ。

友達? 名前も知らないけど、会った時に挨拶ぐらいする人も、友達にしていいの? ネット上の名前しか知らなくても、友達っていうの? 私の為に時間を分けてくれる友達なんか、いないんだよ。


別れ際の「今度また飲みに行きましょうよ!」が、額面通りの言葉だったら、友達の数は三桁を超えただろう。自分の周りに、沢山の人の存在を感じて過ごしていても、友達は数人だけだ。

木製フレームのスタンドミラーに映る自分にふさわしい言葉は、「オバさん」しか浮かばない。朝の光でその存在を明らかにした白髪の数本が気になって、根元から引き抜いた。


母から聞いた病院の名前を記したメモをオーバーのポケットに滑り込ませて、つま先が玄関扉と反対を向いている靴に合わせて体を半回転させる。

「行ってきます!」は言わない、言う必要もない。

自由気ままな生活と引き換えに失った、日常の小さな幸せが懐かしくなって、今も苦しむのは何故だろう。

答えを心に沈めたまま冷たい外気の中に飛び出した。






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