まだ途中で
車窓から眺める景色をぼんやりと見つめる。
手には一枚の写真がアップされた
携帯電話、クラスの集合写真。
肩を組み合って楽しそうに笑う39人のクラスメイトたち。
頭にはぎりぎりと刻み込まれた39の名前と顔が次々と浮かんでくる。
そして、
一人真顔の、
いや、少し俯き加減の…私。
完全という言葉だけではもう表現しきれないほど
完全に一人浮いていた。
恥ずかしいような悲しいような。
何より惨めで辛すぎる。
中高一貫の学校でもう四年目に入るのにな…。
カタンカタンと揺れる電車は心地よく、
うとうとと目を瞑る。
ずるいよ…
やめてください…!
様々な人間の涙に憤り。
悔しそうに私を握る震えた手や、
無表情の死体の数々…
鮮明すぎるその記憶。
「うぅっ…!」
あまりの気持ち悪さに目を見開いた。
…
「もう…いやだよ…。」
降りる駅へのアナウンスが流れ
私は手早く荷物をまとめた。
編み物セットにパジャマや着替え。
数枚のタオル、その他もろもろが詰め込まれた大きな鞄を背負い直し、
乱れた髪をぱっぱっと直す。
線香の匂いが少しついていたが
仕方ない。
私は祖母と二人暮らしだ。
この線香は祖父のもので3年ほど前に亡くなった。
祖母との約束で線香はいつもいつも立てている。
平屋の2人では大きすぎる一軒家は
線香の匂いがしみついていた。
線香の匂いは、私は好きだ。
電車を降りてバス停へ向かい、
病院行きのバスへ乗り込んだ。
そろそろお昼時だけに比較的人は少なかった。
バスに揺られること三十分。
「次は、橋下病院前〜…」
山に囲まれた緑豊かな橋下病院。
橋下病院はとても大きな病院で
入院患者がとても多い。
私の家から一番近くにある大きな病院で
ここには私の祖母が入院している。
この辺りは街から離れた田舎ということもあって
だいたい大きい病気をしたらみんなこの病院にくるのだ。
祖母は二週間ほど前に足をくじき、その際に頭を打ったらしい。
そく入院でこの病院に来たというわけだった。
今日は必要な物を持ってくることも兼ねてお見舞いに来たのだ。
カウンターの事務員に軽くお辞儀をしてそのままエレベーターへ向かった。
3階には広々とした中庭があり、
患者たちはおのおのリラックスした様子で自由に過ごしている。
天川輝子さん…桃江宮古さん…
土岐進くん…前田洋さん…
秋田徹さん…
国山太一さんとその奥さんの邦子さん、娘さんの二織さん、明美ちゃん…
目に入ってきた人物の名前を頭に浮かべる、というより浮かんでくる。
祖母の入院が決まったとき、ちらっと病室の患者一覧を一度目にしたことがあった。
それで全て記憶していた。
私はこの病院の患者とその家族、
一度見た、会った人の名前を全て覚えている。
祖母の姿がないことを確認して
中庭を後にした。
祖母の病室は四階。
エレベーターより階段が近かったので階段を上ることにした。
渡り廊下を歩いて階段までいく途中、
ふと一階の広場に目がいった。
大きな木が数本あるうちの
一番小さな木の下にあるひとつのベンチ。
周りには誰もいず、
そのベンチに腰掛ける
おそらく少年がいるだけだった。
なにしろ木の下なので姿がよく見えない。
が、なんとなく目についた。
本を読んでいるようだった。
「本なんて…ずっと読んでないよな…」
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瞬間記憶能力、
完全記憶能力、
天才少女、
歩く電子辞書、
歩くパソコン、
歩く電卓、
喋るロボット。
その他にもありすぎてあげたらきりがない。
私が生きてきた中で
周りの人間が私を呼ぶ時にこのような感じで呼びかけた。
もちろんこんなの嬉しいわけがない。
スルー、無視しているうちに
私はツンケンどんのナルシストのわがままお嬢様、
いや、ただ覚えるしか能のないつまらない女として認識されてきた。
完全になんでも記憶することができる、
それだけだけど、それだけで完全無欠になった女。
でも、
これは私が望んだことではない。
強いて言うなら両親…母の望みだったのかもしれない。
両親ともに何の取り柄もなく、ただ仲のいい夫婦だった。
結婚して五年で父をなくした母は
その時からなにもかもが変わってしまったようだった。
幸せも、金も、時間も、とりえもない。
絶望の淵に立たされ、
もしかしたら…私は母と共に死んでいたかもしれない、
そんな時だった。
「娘さんを、私たちに譲っていただけませんか?」
白衣姿の数人の大人と、
同じ歳くらいの一人の少女を連れた
スラリとした女性が現れたのは。
これからの生活の保証に、それにともなう十分な金の援助。
たまりきった借金も全て負担する、
新しい住まいと新しい仕事まで用意するといった。
そのかわり、
「あなたの娘さん…
雫さんを私達にお譲りいただけませんか?」
「譲るって…
どういうことでしょうか…?」
きゅっと母の袖をつかむ私。
それでも母の目は見なかった。
力ない目をしているからということではない。
少しでもその気があるという目をもししていたら…
そう思ってのことだった。
「つまり、
あなたと雫さんの親子関係をきっていただきたいということです。」
「なぜ…この子が…?」
「申し訳ありませんが
そのことはご説明できません。
ただ、よからぬことをしようという気はまったくありませんので、そこは安心していただいて結構です。」
冗談目にくすりとわらってそう言った。
「…
そんなこと…
できるわけないじゃないですか…」
少し震えた様子の母の声が耳に入ってくる。
「そうですね。
子の親となれば、手放すのはよくありません。」
うつむく母。
「ですが、
あなたは本当にそう思っていらっしゃいますか?
世間体とか言いましたかね?
そんなものはなんの関係もありません。
あなたが手放したくないと思っているかが、
今私共があなたに問いていることです」
いまだニコニコと笑っている。
この状況を楽しんでいるかのようにさえ見えたきがした。
「私は…
雫を手放したくなんかありません…」
くすっ。
これは明らかな嘲笑だった。
もちろん、女性のものだった。
「なにがおかしいんですか?!」
「いえいえ。
おかしいわけではないですよ。
ただ…」
女性は私に目を合わせてきた。
一度合わせてしまうとどうしても離せない。
なんだか強制的に合わせられているようだった。
「ただ、なんですか…!?」
「いゃ…
雫さんは可愛いなって」
「なにを…
なにが言いたいんですか…」
こほん、とわざとらしい咳払いを一つつくと女性は言った。
「はっきり言わせていただきますと、」
また女性は私に視線を合わせてくる。
「あなた、
雫さんを、自分の娘を愛していないでしょう?
いいや、
娘だと思っていないのではありませんか?」
…!
なにもかも、終わった瞬間だった。
ずっとずっと
気づきつつも気づかないふりをしてきた
この言葉が、
こうもあっさりと言われてしまった。
このあとは
全て流れるように事が進んだ。
私がほっそりとしたその女性の手に引かれ、
もう戻ることのないこの家を後にする瞬間
私はとうとう母の顔を見たのだ。
見てしまった。
母は私をじっと見つめ、
表情は
いたって普通の顔だった。
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おわかりいただけただろうか?
こうして私は
はれてその女性に買い取られたのだ。
まあいいとは言えない暮らしをしてきた私にとって
その女性に与えられた新しい暮らしは十分すぎるくらいゆきとどいたもので、
よく言えば保護されたとも言えるし
悪く言えば
私は女性の奴隷とも言えるのだった。
もっとも、
私は働かされるわけではなく
あれこれ調べられるだけなのだが。
私の持つ完全記憶能力は
とても希少なものだ。
世界にはこの能力と似たような能力をもつ人間が少なからずいるのは確かだ。
しかし中でも私は特異だった。
たとえこの能力があったとしても
それはなにか特定のものにしか使えなかったりする。
数字の羅列はそのまま記憶できるが、
絵はできなかったり。
またはなにか障害を持った、
日常生活がなんの問題もなくできない人であったり。
そんななかで私は
日常生活はなんの問題もなく行っているし、
私が記憶できるものはおそらく制限がない。
まだ触れたことのないものはためして見ないとわからないにしても
今までの経験上覚えられないもの、事はなかった。
何を考え、何が目的で私を調べたいと思ったのかは分からない。
が、女性の私を見る目には
ただ純粋な好奇心が表れていた。
こいつを調べ尽くしたいという女性の目は、まだ世の中の闇という闇を知らない幼い私にとって
恐怖以外のなにものでもなかった。
よって私がお見舞いに来ている祖母というのも本物の私の祖母ではない。
世間では里親と言うべきものだろうか。
ただ普通の里親ではなく、
ちゃんと女性と事情を話し合い
契約を結んだ上での里親だ。
だから、
私が女性によって
私の能力をあれこれ調べるために研究所に連れて行かれたり
あれこれ質問されたりしても
なにも問題はなかった。
なにもかも、女性の思い通りというわけだった。




