意味不明の感情を
寒いのは、外の空気だろうか。
いや、そんなはずはない。
もう夏に近いこの頃、寒いと感じるのは隣に誰もいないからだ。
そう、あの彼も。
「先生っ」
「ん、なんだ?」
「この間の話ですけど……」
放課後、職員室に戻る担任を捕まえる。
もちろん、用件は香椎瑞季のこと。
最近姿を見せないからこそ、チャンスだと思った。
のに。
「あぁ、あいつな。今休んでるから、見舞いでも行くか?」
見当違いな返事とともに、目の前に差し出されたのは一枚のメモ。
明らかに話題を逸らしたことに気づいたけれど、そこに書かれた文字を見て、そんなことどうでもよくなった。
「なんですか、これ」
「香椎の家の住所。一人暮らしだから、いつでも行っても大丈夫だと思うぞ」
「……はぁ」
強引に手渡されたそれに視線を落としているうちに、担任は逃げるように去っていった。
その背を一瞬見てから、再びメモを見る。
書かれた住所は、私の家と学校を挟んだ反対側。
私と彼の家が近所でないことには気づいていたけれど。
「こんな無駄な時間……」
朝、何時に家を出ていたのだろう。
夕方、何時に家に着いていたのだろう。
一人暮らしって、彼はどれくらいの時間を一人で過ごしているのだろう。
彼は一体何者なのだろう。
何を思って、私に近づいて離れていったのだろう。
……私は、彼の時間を変えることができていたのだろうか。
何も知らない。
何もわからない。
彼の連絡先さえも知らないことが、また私の周りを寒くさせた。