嵐前の静けさのような
のんびりとした口調で、彼が私を呼ぶ。
それが普通になったのは、出会ってからほんの数週間経った頃だった。
「ひよちゃん、お昼行こ」
「また来たんですか?」
「ひよちゃんの好きなお菓子、持ってきたから。ね?」
一体どこでそんな情報を手に入れてきたのだろう。
当たったり当たらなかったりするものの、毎日のように新しい情報を持ってくる。
まさか後をつけられているんじゃないか。
そんな風に疑うこともしばしばだった。
*
昼休みと放課後の二回、彼に会うのが日課になりつつある。
今日の昼休みもそうだった。
教室に迎えにきた彼に続き、いつもの場所に向かう……はずだった。
「あれ、今日は中庭行かないんですか?」
「行くよ。ちょっと買いそびれたものがあるから、購買行くね」
そう言って彼は購買に一番近い階段を目指す。
その階段に差し掛かった時、今まで黙ったままだった彼が口を開いた。
「あのさ」
「何ですか?」
「……ひよちゃん、俺のにならない?」
小さく呟かれた言葉。
空耳にも聞こえたそれに、私は首を傾げてもう一度言ってもらうように促す。
でも、彼は。
「何も言ってないよ。……明日、ちょっと用事があって会えないんだ」
「そう、なんですか」
「寂しいって思ってくれると嬉しいな」
誤魔化されたんだと思う。
空耳のようだったけれど、私はもう彼の声を聞き落とすことなんてできなくなっている。
だから、きっとあの言葉は本物。
でも、どうしてだかそれ以上追求してはいけない気がして。
そうしなかったことを後悔することになるなんて、この時の私は一ミリ足りとも思ってなかった。
*
次の日、予告通り彼は現れなかった。
それどころか。
その次の日もずっと、会いに来てくれなかった。