思いがけない展開
平然と何でもないことのように、そう言った。
「俺のこと? みーくんって呼んでくれたらいいよ」
「……すいません、真面目に聞いた私が馬鹿でしたね」
「ちょ、見捨てないでひよちゃん!」
放課後。
彼は昨日より随分早い時間に私を訪ねてきた。
というか、帰りのショートホームが終わった途端に教室に入ってきたものだから、出て行こうとしていた担任でさえ、目を丸くしていた。
もちろんクラスの視線が彼、そして私に集まったのも言うまでもない。
ついさっきまで『春日井さん』で通っていた私は、さっきの一瞬で『ひよちゃん』になってしまったと思う。
「ひーよーちゃーんー」
慌てて彼と教室を離れたものの、廊下には既に他のクラスの人が出てきていて。
結局、視線を集めることになっている。
こんなことなら、教室にいればよかった。
「何ですか」
「呼んだだけ」
「……」
殴りたいという衝動を抑えることはできなかった。
両手で掴んでいた鞄は彼の腰辺りにのめり込む。
それは鞄の重さも加わって、結構本気で入ったようだ。
「い……痛い」
「ご、めんなさい」
「本気で殴ったよな、今」
「……えへ」
えへ、じゃないよ、と言った彼は廊下に蹲っている。
そういえば、今日は古語辞典が入っているんだった。
ポケットサイズでも電子辞書でもなくて、結構真面目な紙製もの。
「冗談なく痛いんですが」
「じゃあ、帰りますね」
「……結局置いていくのね……」
項垂れる様子を見つつ、その場から一歩離れる。
これ以上注目を浴びるのは、私も痛い。
自業自得だよね、と言い聞かせながら、彼に背を向けた。
「香椎、瑞季。それが俺の名前だよ」
瑞季って呼んでくれたら、許してあげる。
そんな声が、小さく聞こえた。