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優しさが刃になる瞬間

 心臓の音が耳元で聞こえた。

 玄関に通された瞬間だった。


「ごめん……少しだけ」


 突然腕を掴まれたかと思うと、強く引かれた。

 あっという間に彼の腕の中。

 私の目には彼の胸しか映らなかった。


「瑞季、先輩?」

「ひよちゃん、ちょっとだけ許して……」


 背中に回された腕がぎゅっと私を締め付ける。

 まるで鷲掴みされたように、心臓が痛くなる。

 ほんのり感じる体温が心地よくて。

 その腕に身を任せ、体から力を抜く。

 どうしてだか、逃げ出そうとは思わなかった。

 そこにいてもいいかな、なんて思った。

 彼の胸に耳を寄せると、私よりも少し早い鼓動が聞こえる。

 それもすごく、心地よい。


「先輩……大丈夫ですよ」

「ん」

「ちょっとだけなら、許してあげます」


 背中に触れる彼の手が震えているのがわかった。

 そっと彼の背中に手を回すと、そこも震えている。

 だから、私は彼を安心させようとして。

 ……そう、ただ安心させたいと思っただけだった。


「私は、ここにいますよ。大丈夫です」

『私だけがここにいるからね』

「う、うわあああぁぁっ」


 思わず手をついた床は冷たかった。

 突き放されたとわかるまで、数秒を要した。

 それに気づき、驚きに目を見開く。

 すぐに見えたのは、ドアに張り付くようにして小さく蹲る、知らない彼の姿だった。

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