君との不思議な始まり
あの日、空は泣いていた。
ただその声だけが響く教室で、それは始まった。
「こんにちは」
最初、自分にかけられた言葉だとは思っていなかった。
知らない声だったから。
ここには私しかいないけれど、誰か違う人と間違えたのだろう。
そんな風に思って、振り向くことさえしなかった。
すぐ人違いだとわかって、帰る……
「あれ、春日井陽依、だよね?」
……ことは、なかった。
フルネームで呼ばれれば、もう人違いなんてことはない。
同じ名前なんて、この学校に、この狭い世界にいるはずない。
「……何でしょうか?」
「あぁ、よかった。間違えてたらどうしようかと思った」
間違いであってほしかった。
そう言ったら、ほっとしたような表情はどのように変わるのだろう?
まるで他人事のように、遠くからこの状況を見つめていた。
「今日も、一人?」
「そうですけど」
「いつもだよね。友達いないの?」
「余計なお世話です」
思わず出た言葉に、はっとなる。
やってしまった、と思うももう遅い。
目の前の人は目を丸くして……何故か楽しそうに笑った。
「……あの、帰ってもいいですか?」
「傘、ないんでしょ。送ってってあげるよ」
「遠慮します。すぐそこにコンビニがありますし」
「遠慮、禁止。さぁ、行こうか」
私の言葉は聞く気がないらしい。
彼は何事もないように私の手を取り、教室を後にする。
強く引かれているわけでも、強く握られているわけでもないのに。
私は、それに従うことしか出来なかった。