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ザシャのある夏の日 ――Luftwaffe――

作者: sakura

「きっとゴリラみたいな女に違いない」

 転属してくるのは女性パイロットだというもっぱらの噂だった。

「年齢は二十一歳らしいぞ」

 そうは言われても軍属になるような女性の容姿などあまり考えたくもない。

 空軍の婦人補助隊の補助婦たちから考えると、どうにも想像が暗くなってくる。あまりにもナーヴァスな想像をしてしまったため、ルッツ・ハーラーは途中で思考を停止させるに至った。

 どちらにしたところで、軍隊の女などろくなものではない。

 通信を担当する通信補助婦隊の女性隊員に怒鳴りつけられた新兵だった過去を思い出して彼は思わず頭を抱えた。

「二十一ねぇ……」

 独白した彼は大変な思い違いをしていたということに後から気がつくことになる。


 ブルーグレーのジャケットに黒いネクタイ。白いシャツとジャケットと同じ色の乗馬ズボン。そして革のブーツをはいてハニーブロンドの巻き毛を両サイドで三つ編みにしている。

 世間では前髪をすっきりとあげているのが流行だというのに、彼女は金色の巻き毛を目の上で切りそろえていて、どこか流行とは一線を画しているようにも感じられた。

 カスパル・ファルにつれられて基地を案内されている彼女はやけに小柄だ。

 いや、小柄ではなく単に隣を歩いているファルが長身なだけなのだが、その対比のせいかやけに小さく見えた。

 ポーランド侵攻作戦のまっただ中に転属してきた女性パイロットは、その後すぐにあてがわれた急降下爆撃機のチェックに入っていた。

 ブルーグレーのジャケットを身につけたままで、手早く自分の操縦する機体を確認している。

「操縦桿、少尉には少し重いかもしれませんね」

 整備兵の男にそう告げられて、彼女は軽く操縦桿を引いた。

「少し調整してもらってよろしいですか?」

「構いませんよ」

 彼女は女性パイロットだ。

 男性のパイロットたちとは異なり力で劣るのは当たり前のことだ。

「ありがとうございます」

 微調整を求める彼女の横顔を見つめるのは、同僚となった男たちだけではない。整備兵や後部機銃手のヘクター・デューリングもじっと彼女を見つめている。

「新入り、ちょっと下りてこい」

 中隊長のカスパル・ファルの声が響いた。

 彼女が緑色の瞳をあげる。

はい(ヤー)

 コックピットを出た彼女は、身軽に飛び降りるとファルの元まで歩いてやってくる。そうして彼の隣に立っている下士官を見つめてから首を傾げた。

「こいつがおまえの後部機銃手を務めるヘクター・デューリングだ」

「どうも」

 短くつぶやいて、彼はふてぶてしげな瞳を彼女に向けるとまるで探るようにじっと上から下まで見下ろした。

「よろしくお願いします。ザシャ・デーゼナーです」

 下士官に対してぺこりと頭を下げた異質な女性パイロットは、あまり感情を感じさせない瞳で不躾な眼差しをぶつけてくる彼を見つめ返した。

 言動を聞いている限り、とても軍隊の人間とは思えない。

 それが、彼らと彼女の出会いだった。

 幕舎の片隅で食事をとっている彼女はすでにカーキ色のつなぎを身につけていた。腰の辺りにつなぎの身頃がわだかまっていて、中に身につけている白いシャツのためにやけに華奢に感じられる。

「体重いくつある」

 そんな彼女に唐突に声をかけた男がいた。

 いきなり女性に対して体重を聞くのも失礼にも程があるが、そんなことは問いかけたほうも問いかけられたほうも気にしない。

「身長は五フィート二インチ、体重は百十二ポンドです」

「痩せてるな」

 なぜなら問いかけた男も、問われた娘もその質問の意図を正確に把握していたからだった。

「えーっと……」

「ルッツ・ハーラーだ」

「よろしくお願いします。ハーラー中尉」

 自分の隣に腰をおろした男に視線を合わせられずに、ザシャ・デーゼナーは困った様子で視線を背けている。

「なんだ、男の裸は初めてか?」

 上半身裸の男に、ザシャはわずかに頬を赤らめて体を小さく竦ませるとうつむいてしまった。

 そんな彼女がなんだか可愛らしい。

「す、すみません」

「暑いからな」

 転属した、次の日の任務で彼女は飛ぶらしい。

「寝てて良いぞ。万年女日照りのこんなところで、寝ろって言っても無理かもしれんが」

 ベンチに座ったまま彼に背中を向けるようにして顔をそらしてしまった彼女の髪から覗いている首まで真っ赤になっている。

 転属したばかりの急降下爆撃隊で緊張しているのか肩の力の抜けない彼女に、男は小さな溜め息をつくとザシャの肩に背後から手を回して自分の背中に押しつけてやった。

「中隊長から面倒を見てやれと言われている。不埒な真似をするような男を近づけないようにしてやるから寝てろ」

 空軍司令部がなにを考えているのかはわからない。

 まだ二十一歳の女性パイロットを、偵察部隊から転属させてまで最前線の急降下爆撃隊に配属した。それがどういった意味を持つのかはわからないが、それでも自分の背後で緊張してがちがちになっている彼女を見ていると溜め息ばかりが出た。

 中隊長に呼び出されて何事かと思えば、今度配属される女性士官の面倒を見てやれということだった。

 面倒なことはご免だったが、命令ならば仕方がない。

 彼の裸の背中に寄りかかったままやがて、眠り込んでいく年下の女性パイロットにルッツ・ハーラーは、やれやれと首をすくめると自分も目を閉じた。

「中隊長も余分なことを押しつけてくれたもんだ……」

 自分よりもずっと体温の低い体を背中に感じながら、彼も眠りへと落ちていった。

 ちなみに中隊の一部彼女に対する好奇の視線を向ける者からは「ハーラーの奴、うまいことやりやがって」と思われていたらしい。

「ガキみたいな奴だな」

 彼女はどこか警戒心が足りない。

 眠りの淵でハーラーはそんなことを思った。

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