―第8話― 選ばれし代表メンバー
間もなく代表メンバーが決められる。男子はオレ(確定)と、立候補者によるジャンケンで勝った者三名。対する女子は姫ヶ谷(確定)と、ジャンケンで負けた者から三名の男女合計八名が選出された。なんだろうかこの男子と女子の価値観の違いは。しかしこのメンバー、ただ純粋に水泳大会における『勝ち』を狙っているヤツがいるかどうかも怪しい。水泳大会までの残り二週間、腕試しを兼ねて放課後、特訓をする事になった。
「水泳なんて久しぶりだな」
メンバーの一人、コウイチがプールサイドで準備体操をしながら言う。
「……お前、ジャンケン勝ったのな」
オレは鼻から溜息を吐くように言った。そしてまさかのこのメンバー。オレの知る限りろくに泳げるヤツなんて誰一人としていな気がする。っていうか何でいるカナヅチ。
――しばらくして女性陣の方々が姿を見せる。彼女達は水着の上にTシャツ(警戒?)姿で、しかしそれでいて期待を裏切らないプロポーションだ。さすがにC組の女子はレベルが高いとは言われるが、その中に最も期待していた姫ヶ谷の姿が見当たらない。
「あれ? 姫ヶ谷さんは?」
コウイチがそう尋ねると、少し遅れて姫ヶ谷コトハが現れた。彼女は水着の上から薄手のパーカーを着ており、これまた見事なボディーラインを絵描いていた。その姿を前にコウイチが数秒間見惚れ、フリーズしていたのが分かる。やがて彼女が持つ右手に皆の視線が集まった。
「姫ヶ谷さん、それは……拡声器?」
とっさに口をついて出る。
「うん。さっき先生に借りてきたの。やるからには厳しくいかないとね」
「え? ――姫ヶ谷さんは監督さんでいらっしゃいましたか」
オレがそう言うと、姫ヶ谷は拡声器を口に当てた。
「じゃあまず、一人ずつタイムを計らせてもらうわ。じゃあ学尾君から」。
そしてオレ達は、姫ヶ谷に言われるがまま一人ずつタイムアタックをしたのだが、以外にもオレを含め平均的なタイムであることに安堵した。ただし、一人カナヅチを除いては――。
「じゃあ、まず水面に顔を付けてみようかカナツジ」
「カナヅチじゃない! 金辻だ!」
「いや、カナツジって言ったろ? お前被害妄想者かよっ!」。ちなみに彼の本名は金辻キョウスケである。
――と、こんな具合に金辻の水泳特訓が始まった。
当初はオレも諦め気味だったが、特訓を始めて数日後、金辻は水面に顔を付け手を引いてもらいながらであれば、前に進む事が出来るようになっていた。金辻がやる気になったのは、コウイチの『あの一言』がきっかけであろう。確かあれは、特訓が始まって数十分後の事だった。
「どうせ俺なんか無理だよ。一生カナヅチでいい」
悲観的になる金辻に対してオレは人並みながらに、しかし一生懸命に水泳のレクチャーをしていた。そんなオレと金辻のもとへとコウイチが近寄ってくる。金辻の肩に腕をかけるとこう言った。
「なぁカナヅチ、姫ヶ谷がお前の事、じっと見てるぞ」
「カナヅジじゃな……え?」
オレと金辻は思わず姫ヶ谷の姿を探した。驚く事に、姫ヶ谷コトハはの視線はじっとこちらを見つめている。いつか見た事があるようなあの視線。そう、『ジャンケンの女王』鷹崎との勝負で見せた時の観察眼だ。姫ヶ谷コトハのあの視線は、何かを真剣に考えている時だ(以後、勝手ながら『姫ヶ谷コトハの観察眼』と名付けることにした)。その熱い眼差しを前に、金辻はやる気を出した。