―第7話― 望ましき傍観者達
姫ヶ谷コトハが見せたジャンケンにおける心理戦。オレはそれを、しかとこの目で見届けさせてもらった。念願叶って今年のクラスマッチは、C組(男子)が望む水泳大会に決定する。しかし意外だったのは姫ヶ谷コトハが乗り気だった事だ。最初のクラス集計では水泳大会なんて、とてもやりたそうに見えなかったが、六クラス代表ジャンケンでは積極的に協力してくれた。その数日後、オレは掃除の時間にその事をさりげなく姫ヶ谷に尋ねた事があった。
「そういえば何であの時、水泳大会乗り気になったんだよ?」
「ん? なにが」
「だから、クラスでの統計結果ではあからさまに嫌な顔してたけど、結果協力してくれたじゃん。あの時、意図的に勝つ事が出来たなら、負ける事だって出来たんじゃないか?」
オレは彼女にそう尋ねた。
「そうね……私もあの時は何でかわかんないけど、協力しちゃった。今思えば、あなたに上手くしてやられたって気もするけど」
「オレ何かしたか?」
「いや……何も。そんな事より次はあなた達にがんばってもらわないとね。今度の水泳大会、ウチのクラス二十七人から男女それぞれ代表を四名、計八名を立ててメドレーリレーだからね」
「オレ達って、女子は頑張んないのか?」
「女子は水泳のレベル高いから大丈夫なんでしょ?」
オレは姫ヶ谷のその言葉を聞いて一時沈黙。なぜオレに対して疑問文? 空かさず問い返した。
「そうなのか?」
「え? あなた達いつか『ウチのクラスの女子はレベルが高い方だからな』って言ってなかったっけ?」
それは確か、オレとコウイチのあの時の会話の一文だ。まさか姫ヶ谷が聞いていたとは思わなかった。しかもそれはあらぬ方向性で誤解を招いている。オレ達(男子)の言う女子のレベルの高さは決して『水泳』における『競技』の事ではない。あえてここでは口にしないが、その平均を上げているのは今目の前にいるあんたでもあるワケなのだが。
さらに数日後、HRで競技種目に出る人を決める事になった。その中で誰か候補者を決めるのだが――。
「誰か立候補、または推薦はありませんか?」
――三度目。HR始まって以来これで三度目になる。これはクラス委員、姫ヶ谷コトハがC組の皆に尋ねた回数だ。つまり誰一人として挙手しないのだ。姫ヶ谷は小声でオレに話しかけてきた。
「ちょっとどういう事よ! ウチのクラスの希望で水泳大会になったんはずでしょ? なのになんで誰も立候補しないのよ?」
当然だ。この水泳大会、オレ達にとって勝敗はどうでもいいのだ。ただ傍観者である事が一番望ましいと言える。この様子じゃ、女子の中にも水泳が得意という人物はいないようだ。この場合、極力目立たないようにするのが賢い選択だ。一年次から引き続くウチの担任の性格からして、目立つと勝手に推薦されてしまう事を皆分かっている。つまりこの現状、クラス全体を見渡す限り皆同等に目立ってはいない。ただ、前に出て司会進行を勤めるオレと姫ヶ谷を除いては。
「じゃあ、仕方ないから先生が決めるぞー。まずはクラス委員の学尾と姫ヶ谷の二人と……」
案の定推薦されてしまった。隣で姫ヶ谷がビクッと反応しているのが分かる。しかし先生のこの言葉で状況が一変した。コウイチを筆頭に男子の立候補が増えたのだ。その数たるもの、代表者数の枠を超えている。っていうかカナヅチまでいる。オレはそれに肖って担任に提案しようとした。
「先生、男子の立候補者も枠を超えたようですし、僕は辞退しま……」
時を同じくしてオレの左足に激痛が走る。なんだろうかこの痛みは。そしてすぐにその状況を把握する。姫ヶ谷がオレの左足のつま先を上履きのとかかとでグリグリ踏みねじっていた。まるで一人だけ逃げ出すのを『卑怯だ』と言わんばかりにグリグリと。
「……やっぱりオレも出ます」
オレに選択の余地はなかった。