―第6話― 『心理学方程式』姫ヶ谷コトハVS『ジャンケンの女王』鷹崎マリ
「いい? 学尾君。これにおいては『ジャンケンの女王』、鷹崎マリが使えるの。彼女のルールは団体でも個人でも変わらない。彼女は、視界にグーを捕らえたらパーを出せばいい。仮に他の誰かがチョキを出してもあいこになるからね。逆に視界にグーが映らない場合、彼女は必ずチョキを出すわ。この時、鷹崎マリ意外の五人は『負け』か、『あいこ』になる。つまりこの団体ジャンケン、必勝の鍵は負けの無い――チョキ。私は鷹崎マリのおかげで、負けることはないの」
姫ヶ谷はそう言うと、集計用紙のカットに使った手元にあるハサミを掲げた。
「なるほど……それであの団体戦は切り抜けられたんだな」。後日談である。そう、そしてここからが本番だった。一対一。事実上、『心理学方程式』姫ヶ谷コトハ対『ジャンケンの女王』鷹崎マリ。心理戦対不敗戦である。
「そして私の作戦は彼女の虚を突くことにあった。それ以外に勝つ方法がないからね」
コトハの言う通り、このルールを守る鷹崎マリに負ける理由はない。
オレはその時の勝負を思い出す。
六人でのジャンケンを勝ち抜いた姫ヶ谷コトハと鷹崎マリはステージに残って睨み合っていた。
「――お手柔らかによろしく。二年C組、姫ヶ谷コトハさん」
「よろしく。『ジャンケンの女王』鷹崎マリさん」
「あら、私の事知っているのね? 光栄だわ。そうそう、私もあなたの事知ってるわよ。何でも、ジャンケンに負けてクラス委員になったとか」
鷹崎のその言葉に、周りの観衆がクスクス笑っていた。
対する姫ヶ谷コトハは鷹崎マリに言う。
「そうね、鷹崎さん。でもそんな私に負けたら、あなたも大恥ね」
「残念ながら負ける自信がないわ」 鷹崎は表情はその言葉通り、自信に満ち溢れていた。そんな鷹崎マリに対して、姫ヶ谷コトハはこう言った。
「ちなみに私はね、『グー』は出さないわ」
その瞬間、姫ヶ谷の言葉が、鷹崎マリの頭の中を駆け巡った。
『グーは出さない? まさかこの女、私にグーが読めることに気が付いているの?』
鷹崎の中で思い返される六人でのジャンケン。『――そういえば先の戦いで、姫ヶ谷コトハが見せたあの手。勝った時も、あいこになった時も、チョキしか出していなかった。……つまりこれは、私の必勝法に気が付いてやっていた事? 彼女が生き残ったのは偶然ではなく必然!? となると、彼女が次に出す手は……負けの無いチョキ。よって私は、グーを出せば勝てる……』。鷹崎はそう考えた。
対するはコトハの心理。
『鷹崎マリ、あなたは今の一言で葛藤するだろう。先の戦いからすでに伏線は張っておいた。つまり今頃あなたは、あなたの必勝法を気が付かれたと考える。となると私が次に出す手は負けの無いチョキと考え、彼女はグーを出してくる。よって私の出すべき手はパー……』
しかし葛藤の最中、鷹崎マリが視線を戻した時、姫ヶ谷コトハの鋭い視線に気づいた。姫ヶ谷コトハは持っていたシャープペンシルの端を軽く銜え、じっと鷹崎マリを観察していた。
『――いや! 違う。 この女、私にグーを出させるために、わざとあんなことを!? つまり、彼女の次の手はグーに勝てるパー。よって私の出すべき手はチョキ。チョキを出せば勝てる』
この時、鷹崎マリは笑いを堪えていた。
『ふふっ……読んでやった。読んでやったわよ、姫ヶ谷コトハ。あなたの策を』
二人はこぶしを前に突き出すと、『ジャンケンポン』の合図で手を出し合った。それはほんの刹那の出来事。
しかし、まさにこの瞬間。鷹崎マリは姫ヶ谷コトハの仕掛けた『心理の罠』にかかっていた。
勝負の結果、鷹崎マリのチョキに対し、姫ヶ谷コトハはグーを出し勝っていた。オレ達、二年C組の勝利である。
「……な、なんで」
鷹崎マリは目の前の出来事を受け入れられなかった。そんな彼女に、姫ヶ谷コトハは語りかける。
「あなたの敗因は、チョキを出すと硬く心に決めてしまった事。あなたのグーに対するパーも、反射神経に近いレベルとはいえ、硬い意志の上では成立しない。でももし、あなたが不敗ジャンケンのルールを破らなければ、私に勝ち目はなかったわ」
姫ヶ谷のその言葉に鷹崎はうつむいていた。
「そうか……いつも通り戦っていれば負けなかったんだ。でもあなたの『あの一言』に惑わされ、考えてしまった。それが敗因ね。完全に私の負けだわ」
「ジャンケンの才能はあなたにある。でも、心理戦じゃ負けないわ」
そう言うと姫ヶ谷はステージを下りた――。