ー第58話ー 悲劇のシンデレラ
「ひ、姫ヶ谷さん!それは……」
「海堂さん! ……もう、いいんです」
大炭エラは海堂シンの言葉を抑え込むように叫んだ。やがて履いていたブーツのジッパーをゆっくり下ろす。彼女は履いていたブーツの下にもう一足分の青い靴を重ねて履いていた。
「まさか、最後に見破られるなんてね……。この靴は弟が事故に合った当時のモノです」
「まさか……エラちゃんどうして」
後ろで聞いていた菊袖は膝から崩れ落ちるように涙をこぼした。
「泣かないで菊袖さん。海堂さんもいつよくしてくれたのに、こんな形になってしまってゴメンなさい」
「……エラさん」
海堂はその場で立ち尽くして肩を落とす。
やがて大炭エラは肩の荷を下ろすようにこの事件の真相を話しはじめた。
「あの日私はこの横断歩道で弟と二人、手を繋いで信号待ちをしていました。夕食の買い物帰りだったんです。弟は大好きなハンバーグだと言ってとてもうかれていました。
でもその直後、あの事故が起こってしまったんです。弟は不運にも、イヤホンをつけて歩きスマホをしていた何者かに背後からぶつかられ、そのまま車道に……。弟をかばうように私も車道に飛び出しました」
大炭エラは淡々と語っていたが、その頬を一筋の涙が伝っているのがわかった。それでも彼女は動揺することなく当時の話しを続ける。
「……二年後に私が意識を取り戻したその時、弟はもうこの世にはいませんでした。弟の遺品であるあの青い靴を見た時、絶望と同時に私は決意しました。弟になり変わり、その何者かに復讐を果たすことを。そのうち犯人が誰かなど関係なく、同じく耳を塞いだままスマホの画面を見ている連中に同様の怒りの感情が芽生えてしまいました。そして皮肉にも事故から二年もの間、意識不明で衰えて小さくなった私のこの両足は、弟が残した青い靴を履くことができたのです。そして復讐のために自力でリハビリに耐えてきました」
大炭エラはそう言って車椅子から平然と立ち上がったーー。
全てを自供した大炭エラは警察に逮捕された。
同様にこの事件に加担していたとして海堂シンも連行される。海堂シンの最後の言葉が未だ耳に残っている。
「姫ヶ谷さん、お見事です。僕はこうなることを恐れていました。だからこそ、あなたには関与してほしくなかった」
その言葉はどこか寂しそうで、それでいて穏やかなものに聞こえた。
ーー長い一日だった。
家に帰り着くと、一気に疲れが押し寄せてきた。このまま眠るのは容易い。コトハも連日続いた捜査と、霊的な存在を意識していたせいで不眠続きで疲れが溜まっているだろう。
それでもオレは、彼女に聞かずにはいられなかった。
「なぁ、コトハ。海堂シンはなんで大炭エラをかばっっていたんだ?」
コトハは冷蔵庫から麦茶を注いで飲み干していた。
「それは……昔の私には想像もつかない答えだったかもしれない。だけど今ならわかる。海堂くんは探偵として真実を暴かなければならないという立場でありながら、大切なヒトを守りたいという葛藤の最中にあった。だから彼の心理に隙が生まれた」
「……大切なヒト?」
「うん。そして大炭エラさんもそう。本心では自身の罪を誰かに気づいてほしい、止めてほしいと思っていたんじゃないかな? 真相を暴くことで初めて、弟の無念を世に知らしめることができる。それこそが彼女の祈願だった」
なるほど、そういうことかーー。
オレたちは迷宮の出口を見た。
真相を暴いたとはいえ、救われない悲しい事件だった。親父の心労が少しわかったような気がする。
ーー以降、あの横断歩道で頻発していた交通事故は無くなった。
******夏の迷宮編•完