ー第57話ー 背後の存在
「……ウソだろ鈴谷!ホントにちゃんと調べたんだろうな?」
ーー親父は電話ごしに声を荒立てていた。
話が違う。
ここからの流れはいつもコトハの解説で事は収束に向かうというのに。
オレは思わずコトハの表情を確かめる。それでもきっと、全てを見透かしたようなあの目をしているのだろうという期待がなかったわけではない。
しかし、期待に反してコトハは一種の焦りの表情とも見て取れた。
姫ヶ谷コトハはその小さな顎に手を添えて深く考え込んでいた。
今回ばかりは何かがいつもとは違う。
あのコトハが後手にまわるなど、これまでなかった。
いや、この感覚……つい最近身に覚えがあった。
「誤解は解けましたか? 姫ヶ谷コトハさん。この事故は私にとっていい思い出ではありませんでしたが、容疑までかけられたとあってはとても立ち直れません。どう責任をとってくれるのでしょうね……」
大炭エラはコトハを煽るように言ったが、コトハは沈黙したまま言い返せないでいた。
「はぁ、茶番もここまでですね。死んだ弟もそれは怨みたくもなりますよ、屈辱です。もう二度とこの件には関わらないでくださいね」
大炭エラは車椅子を押す菊袖に病室へ戻るように促した。
「……そのセリフはあなたのものではない」
姫ヶ谷コトハはポツリと呟いた。
病室に戻ろうとする大炭エラは車椅子をピタと止めては言葉を返す。
「なに訳がわからないことを? これ以上は名誉毀損で訴えますよ?」
「この感覚……あなたの背後にいる人物の存在は身に覚えがあります」
コトハが感じ取っている違和感はオレがなんとなく感じているものと同じだと想像がつく。
コトハが言う背後とは当然、車椅子を押す菊袖のことではない。だからと言って霊的なものなどと大それたことは言っていない。大炭エラの言葉はまるで、誰かにあらかじめ仕込まれたセリフのように聞こえてくるのだ。
ーーやがてコトハの表情は穏やかなものになった。
「海堂くん。この事件はあなたが言うように、ホントに難解なものでした」
「……だから言ってるじゃないですか」
海堂は腕を組み直して言った。
「ええ、海堂くん。あなたには当然解けない謎のはず。なぜならこの事件、あなたが隠蔽しようと彼女に加担しているのだから」
オレを含めその場にいた人間がざわついた。
海堂をよく知っている警察関係者は特に信じられない気持ちだろう。
「……今度はなんの冗談です?」
「この事件、最後のピースが揃いました。海堂くんがこの事件に関与していることを前提に方程式を組み上げると……」
コトハは大炭エラの前まで行くと膝をついて目線の高さを合わせた。
「大炭さんごめんなさい。でもこれは私からの最後のお願い。今履いているブーツを脱いでもらえますか?」
ーーわずかな沈黙が降りる。
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