―第54話― ある時間帯
「そうですね、菊袖さんのとらえ方も一理あります。つまりこの場合、色よりも形を優先するということ……」コトハも菊袖の解釈に首を縦にふった。「しかしそれは事を冷静に判断した場合の結果。今回のようにトイレに急いでいたケースだと、私たちは形よりも色を優先しがちなのです。このことから人は思いの他、『色の影響を受けやすい』ということを理解してください」
「なるほど、そして今回の事件である『青い靴』に繋がるわけですね?」風間刑事が手帳を広げて言った。
「はい。青というのは人の心を落ち着かせる色で、安心、安定を意味し、反する赤は危険、警戒を意味する。全ての事柄がそうであると一概には言えないけどね」
これは日常でも赤信号、青信号というかたちで人の心に定着している。これにより被害者は警戒心をとかれる。犯人である何者かが隣りに現れたその時点で。
犯人は被害者の警戒心を解いた上で誘導し、犯行に及んだということか。
「これにより被害者は視覚的無意識を犯人によって操られたの。そして……」
そう、コトハが言っていた無意識はあと一つ残っている。
「第三の心理、『条件反射』」
コトハはそう口にすると付けていた白い手袋を外す。やがて親父の手からタブレット端末を手渡された。
「これは1日のある時間帯をチャート化したものです。これが何か分かる人はいますか?」
そうたずねるコトハに、風間刑事が反応を示した。
「ああ! それなら分かりますよ。被害者が事故にあった時間ですよね? そのグラフならもういやというほど眺めましたよ」
風間刑事の回答に親父が腕組みをし、安堵の色を浮かべていた。
「風間、俺はな、これお前がもしわからなかったらどうしようかと考えていたところだよ。なにを隠そうこのグラフは俺たち警察が提供したものだからな」
「あ、えぇ……」
風間は恐縮そうに笑ってみせる。
「それではこちらの時間帯は何のものか分かります?」
コトハが画面をタップするともう一つ別のグラフが現れた。見たところ1日24時間における何らかの事柄がある一定の規則で繰り返されているようだが。
「これは……なにか規則があるみたいですね。しかもどことなく身に覚えがあるような……」
風間が顎に手を添えては考えている。
「待って……もしこの時間帯が今日も該当するなら、もうすぐその定期的何かの時間ってことじゃないですか?」
菊袖は風間刑事からコトハへと視線を移して言った。
「御名答」
コトハは簡潔に言うとやがてカウントを取り始める。
「あと10秒。9、8、7……」
何事かと皆が固唾を飲んでいた。その中で1人海堂だけが腕を組みをし目をつむっている。
「……3、2、1」
カウントがゼロになるその瞬間、それは鳴り始めた。横断歩道を渡ったそのすぐ先で、けたたましく鳴る踏切警報機。同時に遮断機が下りはじめた。
「……もしかして電車が通過する時間帯?」
菊袖がポツリとつぶやいた。