―第43話― 尾ひれはひれ
「対したことじゃないんです。実は、ある噂話を耳にして」
コトハは風間の問いに応じる。
「というと?」そう言って風間はメモ帳をとりだし横にして開いた。
「なんでも、この横断歩道、『赤い靴の美少年』が現れるとか」
赤い靴? 確かコウイチや親父の話では青い靴だったと思うが。しかも美少年って。こうやって尾ひれはひれがついていくのだろう。オレの中で密な疑問が浮かんだが、口を挟むことはしない。
「赤い靴……ですか?」
風間はメモ帳をパラパラとさかのぼりはじめると、やがてその手を止めた。
「はい、学校でも噂になってるんですよ。赤い靴の美少年。……ってこんな話、警察の方々には関係ないですよね」
コトハは少し困ったような笑みを浮かべて言った。
「いや……そうでもないかな。今はどんな情報でも欲しい所だからね」
「そうですか。何か事件でも?」
「いや、詳しい話は言えないんだけどね。……協力してくれるかな」
「そういうことでしたら――。で、その少年を写真に収めようって話になって、学尾くんとここで待ち合わせしたんです」
「なるほど。それで写真に青……赤い靴の少年が写り込むかもしれないと、カメラを構えていたんだね?」
「ええ」
「やっぱり学校でも心霊歩道とか、そういう噂はどんどん広まっているの?」
風間の問いかけに対し、コトハの笑みは不敵なものへと変わった。
「はい。――ところで」
話を続けようとするコトハの背後から、その声をさえぎるかのように別の若い男の声が聞こえてきた。
「遅れてすみません。鈴谷さん、風間さん」
鈴谷と風間の意識はその声の主に向けられた。
「海堂くん!」
『海堂シン!?』
「また会いましたね。姫ヶ谷さん、それに学尾くん」
海堂シン――。オレと同じく笹枝高校二年C組で、高校生探偵にしてあの姫ヶ谷コトハを差し置いて首席の座に着く天才青年。オレの記憶では会うのは修学旅行以来の二回目か。探偵という職業がらここに現れても不思議ではないはずだが意表をつかれた。
「あとは僕が引き継ぎます」
海堂は風間と鈴谷にそう告げた。
「いつもすまないね、海堂くん。でも、今は忙しいんじゃないの?」
「大丈夫ですよ。……ところで姫ヶ谷さんに学尾くん。これから少し、時間ありますか?」
海堂はオレたちに話しをふる。ここでもオレは沈黙を続けていた。
「ええ、海堂くん。あなたが言いたいこと、少しわかるわ」
「ここじゃなんですから。近くにおいしいコーヒーを入れてくれるお店があるんですよ。どうです?」
「いいわね」
コトハと海堂はお互いに笑みを浮かべていた。友達感覚と言うよりは、心の奥深くを探り合っているようなそんな、そんな感じだ。
まるで蚊帳の外にいるかのような疎外感だった。まぁ、今はただただ傍観者としての学尾シゲルを決め込むとしよう。
オレたち三人は警察官の風間と鈴谷に別れをつげて移動する。
その喫茶店は現場から徒歩5分ほどの所にあった。扉を開けるとカランカランと鈴が鳴る古風だが雰囲気のいいお店だ。
「いらっしゃい海堂くん。今日はお友達と一緒かい?」
店のマスターらしき人物がそう言った。どうやら海堂はこの店の常連らしい。
「こんにちはマスター。今日は学校の友達を連れてきました」
海堂は慣れた足取りで窓際の席へと足を運ぶ。オレとコトハはマスターに対して一礼した。
「しかし海堂くんが学校の友達を連れてくるなんて始めてじゃないか?」
「そうですかね」
「最近は忙しくて、なかなか来てくれなかったもんね」
「ははは……」
間もなく引き立てのコーヒーが目の前に出される。昨晩の寝不足もあり、眠気覚ましにはちょうどいいかもしれない。