―第42話― 大柄の男二人
たかが十数メートルの距離を横断する。アスファルトに描かれた白と黒のストライプに歩幅をあわせるようにして、むこう側へと足を運んだ。白の照り返しが生むコントラストの強い光と、アスファルトから立ち上る熱気がこの身包む。額を流れた汗は暑さからか緊張からか。
オレたち二人は無事に横断歩道を渡り切ることができた。
「なにも……起こらなかったな」
オレは振り返りコトハに視線を向けた。
「よかったじゃない。生きてて」
「ここじゃなかったのかな?」
オレの問いかけに対し、コトハは沈黙をつづけたまま目の前を行き交う車を眺めていた。
「どうかしたのか?」
「え? いやね、今一瞬だけど、車のヘッドライトがピカッと光った気がして」
コトハはハンカチで口元を抑えながら言う。
「……パッシングのことか?」
「多分。ねぇシゲルくん、普通パッシングってどんなときに使うものなの?」
「オレもまだ免許持てる年じゃないから詳しくはわかんないけど、道を譲ったり、対向車に対してこの先に何かあるって教えてあげるときとかかな。そうそう、親父が言ってたけど、近くでスピード違反の取り締まりをしてるときとかにもパッシングするらしいよ」
「……そう。だとしたら試してみる価値はあるかもね」
そう言ってコトハはにっこりと笑った。その笑顔の意味を理解しないままに、オレも微笑み返す。
――で。行くあてもなく、この横断歩道を何度も往復しはじめてから何分が経過しただろうか。しかもオレ一人で。コトハはというと、近くのコンビニの雑誌売り場で見張っているとかなんとか。オレにはただ涼んでいるようにしか見えないのだが。彼女はオレの視線に気づくなり『続けて』とジェスチャーをしてくる。
『いつまで続けるんだ? 傍から見たらオレたち、明らかに変人だぞ』
やがてコトハはジェスチャーに新しいモーションを加えた。
「なになに……携帯で? カメラが? 写せ? あーはいはい」
確かにここの写真はまだ撮ってなかったな。
オレはコトハに言われた通り携帯のカメラを路上に向けていた。日差しが強いせいか、画面がよくみえなかったが。しかし、何の意図があって、オレはここにいるのだろうか。またしてもコトハの考えが読めないでいた。
その時――。
「そこの君、さっきからここで何をしてるのかな?」
背後から太い声が聞こえた。振り返ると大柄な男が二人たっている。なぜだかわからないが、妙に後ろめたい気持ちになった。
「えっと……オレですか?」
辺りを見渡しても他に該当者など見当たらない。明らかにオレに向けられた言葉だった。今日はやけに嫌な汗をかく日だ。
『何者だ?』
二人のうち一人は年の頃三十~四十代といったところだろうか。オールバックの髪型に淵の黒いメガネをかけている。もう一人は、仕立ての新しいシャツを袖の七分辺りまで折り曲げた若い角刈りの男だ。
呆気にとられて言葉もでなかった。オレはコンビニにいるコトハに助けを求めるべく視線を送るが、そこに彼女の姿はない。
『アイツ! もしかして逃げやがった!?』
そう思った瞬間、なじみの声が聞こえた。
「あの……どうかなされたんですか?」
コトハはいつの間にか大柄の男二人の背後に立っていた。男二人も驚くようにして振り返ると、ただ目を丸くしている。
「……私は彼の同級生です。学尾くんになにか用ですか?」
コトハは警戒するように言葉を返した。男二人は顔を見合わせると、やがて口を開く。
「急に驚かせてすまなかったね。我々はこう見えても警察なんだ。安心して」
男二人は警察手帳を開いて見せた。手帳にはそれぞれ名前が表記してある。黒縁メガネの男の名は鈴谷、角刈りの男は風間というらしい。
「警察の方々でしたか」
コトハもそのまま反応を返す。
「ところで、君たちはここで何をしてたのかな? 写真なんか撮ったりして」
警察の質問に対し、オレはコトハへと視線を移した。今までの経験則から、こういう時はコトハに任せるのがセオリーだろう。こんな時、オレは口を噤むことにした。