―第41話― 迷宮ヘの入り口
――夏の日差しが眩しく、今にも落ちてきそうな入道雲が頭の上に広がっている。目をこらしても光量を制御できず、左手でその光をさえぎっていた。夏にしては乾燥した空気のおかげで、じめじめとした暑さはなく、外を出歩くにはちょうどいいのではないだろうか。
波乱万丈な夏休みも残すところあとわずか、最後の最後まで退屈させない日々が続く。
オレとコトハは携帯電話のGPS機能を駆使し、ネット上で噂になっていた『心霊歩道』の場所へと向かっていた。
とはいえ、噂とは尾ひれはひれをつけて広がるもの。笹枝市内でも有力となる場所は数件あった。こうなってしまっては、その噂が笹枝市内かどうかも怪しく思えてくるが、親父が言ってることが本当なら間違いないのだろう。昨晩は親父も「子供が首を突っ込むことじゃない」と言ってその場所をすんなりとは教えてはくれなかった。
というわけでオレたちは自主的に調査することにした。
ところで――。
まだ夏だというのに、オレの頬は大きな紅葉マークで赤く染まっていた。秋の訪れにはまだ気が早いのではないだろうか? とコトハに問いたい。寝ぼけていたとはいえ、オレの部屋で寝ていた彼女を起こしたところを、オレがコトハの部屋へと勝手に忍び込んだと勘違いしたらしく、瞬時にビンタを食らってしまいこのざまだ。理不尽もいいとこ。
「で、ここが最後になるけどコトハ、なんかピンとくるものあったか?」
振り返り尋ねるオレの三歩後ろからコトハが視線を向ける。
「へ? なに?」
『……全然ダメだ』
ウチのお姫様は今朝、自分の勘違いでオレをぶったことを気にしているようだ。オレはもういいと言っているのになんというか、彼女の心は本当はこんなにも弱いものだったとは。
「なんだよコトハ、まだ気にしてるのか? たしかに、手の跡が残るくらいキョーレツな一撃だったけど」
「跡?」
「そう。手の跡」
「……あと」
「うん。手の跡」
「じゃなくてあれ……」
やがてコトハは足を止め路上を指した。彼女の視線を辿るようにオレもその先を眺める。
「あれは……タイヤ痕?」
その白い横断歩道には真新しいタイヤ痕が残されていた。ここにきてやっと手がかりらしい手がかりを掴むことができた。少なくともこの横断歩道で、タイヤ痕を残さざるをえないほどの何かが起こったのは間違いないようだ。
「じゃあ、まさかここが?」オレはコトハに尋ねる。
「わからない。けど、もしかしたら……」
そこには長い直線を分断するかのように横断歩道がかかっていた。行く先には道路に沿うように線路が通っており、そのまま横断歩道から線路を貫くように踏切がある。路上には制限速度50と書かれた標識と、雨で錆かけた歩行者信号が赤く染まっていた。いわくつきの物語を生み出すにはうってつけの雰囲気を漂わせていた。
「確かに雰囲気あるな」
「気持ちの問題でしょ? でもこうやって見てると交通量は多いほうかもね」
オレたちはしばらくその横断歩道の前で立止まっていた。そのうち歩行者信号も青へと変わる。
「やっぱ、渡ってみるのか?」
「そうね」
あんな噂もあるから、オレの足取りも決して軽くはない。いざ渡るとなるとやけに緊張する。その一歩がなかなか踏みだせずにいる。
「……やっぱやめとこうか」
「早く行きなさい」
「はい」
オレの返事はやっぱり情けなかった。そこまで言うならコトハが先に行けばいいじゃないか、と心の中で叫んでみる。この横断歩道を渡ったが最後、二度と目覚めませんでしたなんてことはないよな? 腹くくるしかないか――。
オレは右足からその横断歩道へと一歩を踏み出した。そう、まさにこの瞬間からオレたちはこの物語へと足を踏み入れることになる。
未だ誰も解決できなかった迷宮へと――。
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