―第3話― マインドコントロール
オレは姫ヶ谷に問い返した。その問いに答えるように、彼女は語りだす。
「マインドコントロール。それは特定のターゲットに対し言葉や行動を用いて、ある目的へと相手を誘導するのが狙い。ターゲットは無意識のうちに相手の思惑通りに動いてしまうの」
オレは腕を組んで考え込んだ。彼女に言われる事をイメージとして回想する。
「いい? 学尾君。その依頼者はまず『私に告白してみて』と言ったんでしょ?」
「ああ、言った」
「でも当然あなたは、そんな滅茶苦茶な頼みが聞けるわけもなく断った」
「その通り」
「でもその後に、『せめて私に対する情報だけでも調べてほしい』と言った」
「まぁ、だいたいそんな所かな」
「これは心理学における深層心理を利用した交渉術で『ドア・インザ・フェイステクニック』って言われているの。最初に相手が断るであろう負担の大きな要求をし、断られた所を空かさず本題である比較的簡単な要求をする。頼まれた方には、『一度目の要求を断ってしまった』という罪悪感が残っており、二度目の要求を簡単に呑んでしまうの」
「あっ……」
オレは思わず声をあげてしまった。コウイチに頼まれていた時の心理は、まさに姫ヶ谷が言った事そのものだった。
「あいつがそんな事を!?」
「それだけじゃないわ。結果あなたは断ったはずの『告白』をしてきた。依頼人との会話の中で、煽てられたりはしなかった?」
オレは頭の中で依頼人コウイチとの会話を思い出していた。しばらく考えるていると、とっさにあの一言を思い出した。
「そういえば、何でオレに頼むか尋ねた所、『相談事ならオレが一番だ』って」
「本人がそう言ってたの?」
「いや、他の皆が言ってたらしい」
「なるほどね……。それは第三者を通じて間接的に相手を褒める事で、褒めた相手が意欲的になる『ウィンザー効果』。結果あなたは断ったはずの『告白』をしてしまった。……そしてその矛先は私にも向けられている」
「どういう事だ?」
「ウィンザー効果の重複技とでも言うのかしら。あなたを説得するために使われ、今度はあなたを通じて依頼人の好意が私に伝わる事で、私が依頼人に対しても好印象を持つという事を含めた高等技術ね」
オレは心友のコウイチや、今目の前にいる姫ヶ谷コトハの心理、その読みの深さに圧倒され続けた。オレは本当にここの心理学科に来て良かったのだろうか。そう考え込むオレに、気づけばコトハが声をかけ続けていた。
「学尾君、ねぇ聞いてる? こっちは集計終わったけど、そっちはどう?」
「ああ、こっちもあとちょいで終わる」
――話は変わるが、我が笹枝高校では学期ごとにクラスマッチが行われている。明日の委員会では、各クラスで持ち寄った競技種目の中から一つに絞ることになっている。今日はそのためのクラス集計をしていた所だ。
「ってなわけでウチからは票数の多い水泳大会って事で」
この結果には感無量だ。コウイチの作戦通り、さすが我がクラスの男共は分かっている。
「……なんだか腑に落ちないけど、集計結果なら仕方ないわね。明日二年C組は水泳大会で提出するわ」
オレはクラス委員の仕事を終え、一息ついた。姫ヶ谷コトハは帰るための身支度を整えている。
「なぁ姫ヶ谷……今度告白してくるヤツがいたら、そいつにチャンスを与えてやってくれないか?」
彼女はしばらくオレの方を見ると、やがて口を開いた。
「なるほど。その人があなたに私の調査を依頼した人ってことね」
「あっ、いや……頼む」
「さぁ、どうかしら。そんなことよりあなたって案外、友達思いなのね」
姫ヶ谷コトハはそう言捨てて、教室を後にする。
「……オレも自分で自分が信じられないよ」




