―第36話― 『高校生探偵』海堂シン
そんなことを思いながら、オレとコトハは通路を確認しながら女子部屋を出た。階段を下りて右に曲がれば、やがて自動販売機の明かりが見えてくる。先生たちが見回りをしている気配もなく、今回は無事にたどり着けそうだ。オレはその明かりの方を指差してコトハに目で合図を送った。彼女は黙ったままこくりと頷く。
しかし――。
「ねぇシゲルくん! あそこ、誰かいる!」
暗闇の中、自動販売機の光がソファーに座る人型のシルエットを浮かび上がらせていた。しかし逆光で誰かはわからない。
『しまった! 先生か?』
その影はゆっくりと立ち上がって言った。
「おや、姫ヶ谷さんと……学尾くんですよね?」
『誰だ?』
やがて明かりはその横顔を照らし出す。
「あなたは……! もしかして海堂くん?」コトハが目を丸くした。
海堂。どこかで聞いたことがある名前だ。
「知り合い?」オレはコトハに尋ねた。
「直接話すのは初めてですね。二年C組の海堂シンです」
『二年C組にこんなヤツいたっけな』
「へぇ。海堂くんがこんな行事に出席するなんて、珍しいこともあるのね。学校にも滅多に来ないのに」
「よしてくださいよ姫ヶ谷さん、あなただって同じはずた。あなたほど賢明な人が、高校の授業なんてつまらないでしょう」
コトハは大きくため息をついて見せた。
「よく言うわね。入学式の日、首席のあなたが来なかったおかげで、私が答辞を読むはめになったというのに」
「すみません。あの時は仕事の依頼があったもんで」
なんだこいつは。高校生のくせして仕事だと? っていうか首席ってなんだよ。この頭いいやつらめ。
「仕事って、やっぱり探偵業?」コトハが海堂に尋ねた。
「ええ。でも安心してください、今日は完全にオフの日ですから。事件あるところに海堂ありって言われるのもあれなんで」
「ふふっ。それもそうね」
笑えない冗談に笑うコトハを見ていたオレは、ただ二人の会話を聞くことしかできなかった。学生のうちは学業が仕事なんだからオフとかいうなよな。うん、なんだろうか、この海堂とかいう男、オレは苦手だな。
「ところで……」コトハは辺りを見回して言った。「こんなところで何してるの? 海堂くん。先生に見つかっちゃうよ?」
海堂は再びソファーにもたれ掛ると、手足を組んでいった。
「姫ヶ谷さん。あなたならもう気が付いていると思うけど、深夜一時から二時にかけての空白の時間帯、先生たちは何をしていると思いますか?」
驚いた。姫ヶ谷以外にも空白の時間に気が付いた人間がいたことに。
「……さぁ、なんでしょうね」
「僕はこう思うんです。『大人は言うほど大人ではない』と」
「それが、あなたがここにいる理由?」
「そんなところです」
さっぱりわからない。この二人、頭の中で会話しているとしか思えないほど、すぐに結論にいたってしまった。海堂は続けて口を開いた。
「だっておかしいとは思いませんか? 学尾くん。なぜ生徒だけが先生たちの監視下に置かれなくてはならないのか」
「それは……秩序を守るため?」
「では先生たちの秩序も守らなければなりません。しかし誰がそれを監視するのか?」
オレはしばらく黙りこんでいた。
「誰もいないわね」コトハがつぶやく。
「そう。だったら僕が監視をするまでです」
海堂は足を組み換え姿勢を正した。
「あら、もはや職業病ね。でも今日はオフの日だったんじゃないの?」
「ええもちろん。これは僕の趣味ですから」