―第35話― 深夜のお話
「な、なんだよコトハ。おまえ怖いのかよ」
オレは腕にしがみつくコトハを前に強がった。が、できればそのまま離さないでいてほしい。オレも怖いから。
「な、何言ってるのよ! そんなわけないでしょ!」
コトハはとっさにオレから離れた。言わなきゃ良かったか? そんなオレたちを見て鷹崎は満足そうに話を続けていた。ペンライトによって下から照らし出された鷹崎の表情も加わり、怖さに拍車がかかっている。
コウイチはこういう話に耐性があるらしく、平然としていた。鷹崎もそれに気が付いたのか、コウイチに話をふる。
「あれ、コウくんはこういう話大丈夫そうね?」
「俺か? そりゃもちろん。俺もその手の話ならいろいろ知ってるほうだからな」
「な~んだ! それなら、次はコウくんの番ね!」
しばらく間を置いてコウイチが口を開く。
「……そうか。じゃあお前ら、『心霊歩道』って知っているか?」
「心霊歩道?」
コウイチは俯いたまま、やがて語りかけるようにして口を開いた。
「今から数年前。
その横断歩道では、小学生が車に跳ねられて死亡するという事故があったんだ。少年をひいた犯人は捕まったが、亡くなった少年は自分が死んだことにさえ気づいてないらしく、未だ成仏できずにいるらしい。以来、ある時間帯にその歩道を渡ろうとすると、『青い靴の少年』が現れ、その少年を見た者はあの世に引きずり込まれるという」
--淡々とした語り口調だった。にもかかわらず、オレとコトハの背筋は凍りついていた。
「あれ? その話……」鷹崎は少し考え込むようにして言った。
「ああ。知ってるヤツは知っている。そしてこの話の舞台が、笹枝市内だってことも」
「えっ! うそでしょ!?」
コトハがなおも不安そうな顔を覗かせた。
「な、そんな地元じゃないか!」不安に駆られたオレも思わず叫んでしまった。
「ま、噂だからな。本気にすんなやシゲル!」
オレはこの手の話が苦手なことを、皆に隠しているつもりでいたが、きっとコウイチには気付かれているのだろうな。
ところで、ずいぶんと長い時間、語り合ってきたということもあり、皆の瞼も重力に耐えかねていた。しかしどういうわけかオレだけは、話が積もるほどに目が冴えていた。まぁ言ってしまえば、怖くて眠れないというヤツだが。明日も早いことだし、そろそろ眠りにつきたいのだが、眠くないのではしょうがない。
やがて皆が眠りについた頃、オレは何気なく手を突っ込んだジャージのポケットに百円硬貨があることを思い出した。
『あ……さっきコトハに貰ったやつだ』
ポケットにお金があると知ったら無性に喉が乾いてきた。いや、喉の乾きに気付かされたと言うべきだろう。この施設、確か自動販売機は一階の大浴場前が最寄だったと記憶している。ちょうど眠れないところだし、ちょっくらジュースでも買ってくるか。オレは携帯電話で時間を確かめた。
『一時十五分か』
とっさにコトハが言っていたしおりの時刻を思い出す。深夜一時から二時にかけて空白の時間帯に該当する。少なくとも見回りの時間ではないようだが、いったい何の時間なのだろうか。しかしそれにしたって、一人で一階まで行くのには気が引けた。今のオレの頭の中には、二階へ上る時よりも大きな阻害要因というものがいくつもあった。
『ああ、怖い話なんて聞くんじゃなかった』
オレはコウイチが起きていないか顔を覗き込もうとしたが、既に聞こえていたイビキから確かめることさえ諦めた。
「くそっ……一人で行くのかよ」
立ち上がろうとしたその時、誰かがオレの袖口をつかんだ。
「どこに行くの?」
「コトハっ! 起きてたのか?」
オレは小声で驚いて見せた。
「ええ、ちょっと眠れなくてね」
コトハは布団から体を起こすと、少し身震いさせている。
「どうかしたか?」
「いや……それよりも部屋を出る気?」
「ああ。オレも今眠れないし、喉も乾いたから自販機にでも行こうかと」
「だったらちょっと待って。私も行くから」
オレは携帯電話の薄明かりでコトハを照らし出した。
「さぁ、行きましょうか」
「財布は持ったのか?」
「え?」
「オレ財布もってないぞ。さっきコトハに貰った百円しかない」
「私は喉乾いてるわけじゃないから大丈夫」
「え? じゃあなにしに行くんだよ」
コトハは少ししらけた顔をすると、目を細くしてオレに言った。
「レディーにそんなこと聞かないの! デリカシーがないというか……学尾くん、あなたモテないでしょ?」
『はぁ? なんだよ急に。……余計なお世話だ』