―第33話― 裏と表の解
「この百円玉には100と表記されている裏面と、八重桜の図柄が載っている表面があるのは知ってるわよね?」コトハはうつぶせになったまま畳の上に百円玉をころがした。皆が布団から顔だけを出し注目している。
「じゃあ、学尾くん。私と簡単な賭けをしましょう」
「オレか?」
「ええ、ルールは簡単。ここで私がコイントスをして、あなたは裏か表かを当てるゲーム。勝てばこの百円はあなたのもの。負ければ同額いただくから」
「運任せの勝負かよ」
「でも、私はそのコインを見て裏か表かあなたに教えるわ」
「なんだ、それじゃ意味ないんじゃないか?」
「問題なのはあなたが私の言うことを信じるかどうか……」
「え?」
オレが戸惑いを残すままに、コトハは百円硬貨を爪で高く弾いてキャッチした。皆に見えぬように裏か表かを確認する――。
「表」
コトハはそうつぶやいた。コトハの言うとおりであればコインは表。しかし最後の一言がオレの判断を揺るがせる。『私の言うことを信じるかどうか』これはすなわち、『本当のことを言うとはかぎらない』という意味ととれる。表がウソであれば裏になる。もしオレがコトハだったらどうだろう。ウソをつくと思わせておいて実は本当に表だったりするのではないのか? いやしかし……。
結局、根拠のある解を見出せなかった。
「ん~……じゃあ表で」
「表ね?」
コトハは手を開いて百円硬貨を見せた。そこには馴染み深い八重桜の図柄があった。
「表、正解ね」コトハはそのまま百円硬貨をオレに手渡した。
「おお、サンキュー!」
やがて勝負の余韻に浸るまもなくコトハは尋ねてきた。
「ではここからが本題。学尾くん、いま何回くらい『裏と表の解』を行ったり来たりしたの?」
「えっと……最初の答えでは表だと思ったけど、コトハがウソついてるかもしれないし、そうじゃないかもしれないと、何度も同じところをグルグル……」
「そう、表と言った私の心理の裏を読めばコインは裏ということになる。でもさらにその裏の裏を読めばコインは表。原点回帰。結局のところ、この手の葛藤を何度繰り返したところで答えは二つに一つしかないの。対の結果を成す裏か表か、単純であるほど少しの間違いも許されないの」
「なるほど……」
その説明を黙って聞いていた鷹崎が今度は何かに気づいたかのように口を開いた。
「……だんだんわかってきた。コトちゃんが言いたいこと」
コトハも鷹崎をまっすぐ見つめ返した。
「聞いていいかな? コトちゃん。さっきの見回りの一件では、何回『裏と表の解』を行ったり来たりしたの?」
鷹崎の問い対してコトハは答える。
「今回は見回りの指揮を取る松平先生との裏の読み合いだった。……全部で十二回」
「十二回!? ……あの短時間で十二回も?」
「うん」
それはつまり、オレたち学生を代表するコトハと松平先生との間で、お互い顔の見えない葛藤、裏の読み合いが行われていたということだ。
『全くどうかしている』その一言につきる。俄かには信じられるようなことではないが、オレだってコトハの性格を少しは知っているつもりだ。そんなつまらないウソをつくやつではない。それにコトハならやりかねないと――。