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―第32話― 裏の裏読み

 コウイチの声と共に部屋は一瞬にして黒く染め上げられた。何も見えない。辺りは静寂に包まれていた。お互いの顔を確認できないほどに暗い部屋の中で、オレは何かを確認できないものかと目を見開いている。しかし見えようはずも無い。とっさの判断でオレが身を隠したのは一枚の掛け布団の中だった。

 やがて熱気に包まれていくのを感じる。コトハの言う事が正しければ、あと数秒もしないうちにあの襖の向こうからわずかな光が零れるはずだ。見つかれば説教と廊下で正座一時間コースは必死。心臓が脈打つのを感じ取れるほどに緊張していた。だがこれでいい。この緊張感、スリルこそオレが求めていたものに違いないものだから。

 やがて襖がレールの上を走る音がする。暗闇の中に細い一本の光の筋が通った。時間通りだ。A組担任のシルエットがその光を遮るように部屋を覗いている。まさに間一髪のところだった。ギリギリを通す緊張感、この激しい運動をしたときのような胸の鼓動。なによりもコトハの読みが的確だったことに驚いている自分がいた。きっと今この瞬間、同じ驚きを味わっている連中がいるだろう。いや、オレはまだいいほうだろう。他のみんなと比べて、コトハと過ごした時間が長いぶん滅多なことでは驚かないつもりでいたのだが――。


「……」

「………」

 えもいわれぬ沈黙が続くこの状況。人はどういうわけか笑いを堪えずにはいられなくなる。オレは声にならぬように必死で笑いを堪えていた。『笑い』の定義がどういうものかは知らないが、顔が見えないことをいいことに、ここ数週間で最も砕けた顔をしていただろう。頼むから早く出て行ってくれ。その願いを聞き入れるがごとく、A組担任は踵を返し部屋を出て行った。

 安全を確信するまでしばらく間を置く。オレはシュノーケルを付け忘れたまま潜水を続けていたダイバーのように掛け布団から顔を出す。

「ぷはっ!」

 長い暗闇に慣れたのか、わずかに周りが見える。オレに続くように同じ水面下からコトハが顔を出した。

「ぷはぁ!」

『……ってこれはコトハの布団かっ!?』

 いや、ここは女子部屋である以上どの布団に入っても女子の布団であることに変わりはない。気が知れたコトハの布団に潜ったのは幸いだった。状況が状況ならグーで殴られていただろうが。しばらくしてコトハもオレの存在に気が付いた。

「……」

「………よう」

「きゃっ! なにしてんの!」

「イテッ!」

 結局パーで殴られてしまった。だからジャンケンは嫌いだ。

 やがてそれに続くようにコウイチと鷹崎が別の布団から顔を覗かせた。

「あっぶねー。しかし驚いた。ホントに姫ヶ谷の言うとおりだったな」

 コウイチが囁く。鷹崎は手に持っていたペンライトで小さな明かりを灯した。

「さすがコトちゃん、裏の裏読みね。ジャンケンで私が負けた唯一の相手というだけのことはある」

 しかし、ペンライトの光に照らしだされたコトハの表情には余裕が感じられない。確かにコトハが下した判断もギリギリのものだった。あと数秒遅ければアウトだったろう。

「裏の裏読みね……確かにそう」

 コトハは神妙な面持ちでつぶやいた。どこかいつもとはちがう腑に落ちないような表情をしていた。

「どうかしたのかよ?」そう尋ねるオレに向けられていたコトハの視線は再び虚ろいでゆく。やがて語り出すように彼女は口を開いた。

「確かに、みんなからすれば裏の裏読みに見えたかもしれない。でも、事はそんなに単純なものでもなかったのよ」

「というと?」

「そうね……わかりやすく『裏と表』というワードを使って説明しましょうか」

 コトハはそう言うと、財布から一枚の百円硬貨を取り出した。

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