―第31話― 『C組の担任』 松平クニヒロ
「あら……さっそく誰か捕まっちゃったみたいね」
「マジかよ。ってことは、まんまとニセモノを掴まされたわけだ。なんでそんなもの仕掛けんだよ?」
コウイチはそう言いながら押入れの上段から畳へと足を下ろす。コトハはその問いに答えるようにして口を開いた。
「うーんそれはたぶん、何もしなくても男子は女子部屋に行こうとするでしょ? それならいっその事、あえてニセの見回り情報を流しといて、男子が安全だと思う時間帯を逆に集中的に見回れるようにしてるんじゃないかなぁ」
「なんだよそれ」コウイチは少しふてくされていた。鷹崎もしばらく考え込むようにして言った。
「なるほど……忍び込もうとする男子は遅かれ早かれ動き出す。その時間帯をコントロールしてるってことね」
コトハは黙って頷いた。
「それに、これがフェイクだと気が付いても私たち学生は迂闊に部屋を飛び出せない。情報が不正確すぎるから」
「結局、先生たちの思惑通りというわけか」コウイチはため息を交えつつ口にした。
しかし結果的にオレたち二人は目的地であるこの203号室にたどり着くことができた。そして今、ここにたどり着くことなく犠牲となり散っていった同志達を称えよう。オレたち二人はただ運が良かっただけなのだろうから。オレは心の中で深く敬礼する――。
「となると、さらにそれを逆手に取ることができるわね」
『逆手?』
コトハはサインペンを取り出すと、フェイクである先生用のしおりを机の上に広げた。オレたちはそれを取り囲むように中腰になる。
「つまり私たち学生が安全だと思う時間帯、ここからここ……」コトハはそのしおりにさらさらとペンを走らせた。そのうち特定の時間帯が割り出されていく。
「そのマルで囲った範囲は?」コウイチが身を乗り出してコトハに尋ねた。
「先生たちの心理からくるであろう本来の見回りの時間帯。つまり、学生が『安全』だとたかをくくりノコノコ出てくる時間ね」
「ふーんなるほど……」
「そしてここは……」途中、コトハが言葉を詰まらせペンを止めた。机上のしおりに注がれていた一同の視線はそのままコトハに向けられる。
「どしたの? コトちゃん」
「……いや、この深夜一時から二時にかけて、何とも言えない空白の時間帯があるの。これはいったいなに?」
一同が首を傾げ沈黙を続ける。そしてコトハの解を見る限り、見回りの時間帯が前半に集中していることに気がついた。
「なんかこれ、先生たちも早く見回りを済ませたいって感じしない?」
「あ、俺も今全く同じこと思った」
「あれ? 私も」
コウイチと鷹崎も口を揃えて言った。
「まずいわね。皆が同じことを考えているうちは、私たちはまだ先生たちの手のひらの上で転がされているってことになる」
コトハは右手に持っていたサインペンを下唇に押し当てるようにして深く考え込んでいた。いくら心理戦に長けている彼女とはいえ、先生たち大人を相手にしていては、その心理の裏をかくことなどそう簡単なものではないだろう。ましてやオレたちC組の担任は本校の心理学第一人者、松平クニヒロ。心理学専門の教師をやっているだけのことはある。担任であるがゆえにオレたち学生の考えなどお見通しというわけか。
「担任の松平先生って、今までに何回修学旅行に同伴したことあるか知ってる人いる?」コトハは少し声を荒立てて言った。
「えっとね、ウチの兄貴の時が最初だったから……今回で5年目かな?」
鷹崎がコトハの問いに答えるようにして言った。
「5年目!?」コトハは再びサインペンを走らせる。
「なんだよ。修学旅行に同伴した回数なんて何か意味があるのか?」オレはささやかながらにそう尋ねた。
「修学旅行に同伴した回数は学生の行動パターンを把握するのにうってつけなの。歴代の先輩たちの動きを知ること、つまり5年という先生の経験値、条件を公式に代入すると……」
『……公式? 代入?』
なぜかはわからない。ただ誰もがその時、切迫した空気に包まれていることに気が付いていた。同時にコトハが口を開く。
「予定より15分の前倒し! つまり次の203号室の見回りまであと12秒!」
「なに!? 今すぐ明かりを消せっ!!」
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