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―第29話― 消灯

 暗闇の中、オレは窓から見える小さな月明かりを頼りに手さぐりでその場所を目指す。ついさっきまで明るく照らされていたこの部屋を、指先一つで暗闇に変えたのは他ならぬオレだ。時刻はすでに22時を回っている。消灯時間だった。目が慣れるまで少し時間がかかる。オレは携帯電話を取り出し、その光で辺りを照らしながら移動した。

「おいっ! 来るぞ」コウイチが小声で囁いた。間もなくウチのクラスの担任が見回りに来る。

『……時間通りだ』

 オレたちは布団に潜り、寝たふりをしていた。何も知らない担任はゆっくりと襖を開け、オレたちの部屋を見渡しすと、やがて玄関の方へと戻っていった。オレとコウイチはゆっくりと体を起こし、顔を見合わせた。目が慣れてきたのか、お互いの表情が読み取れる。第一波をなんなくクリアした。

「時間通りだったな、コウイチ」

「ああ、この『先生用のしおり』を手に入れたのはラッキーだった」

「全くだよ。でもいつ手に入れたんだよそんなもの」

「今日の夕食の時、ウチの担任が忘れていったんだよ。ありがてー」

 オレたち『学生用のしおり』とは別に、『先生用のしおり』があるのに気が付いたのはつい先ほどの事である。大広間で夕食を取っていた所、担任の席にポツンと残されていた先生用のしおり。そこにはオレたち学生とは別に、先生用として修学旅行のスケジュールの詳細が記載されていた。会議の時間、そして消灯後の見回りの時間さえも。

 現役バリバリの高校生が22時に消灯だって? んなこと出来るわけないだろう。ましてや今は修学旅行。寝ろと強制されては、寝られるものも寝られない。そして行くなと言われると行きたくなるというものが人情というもの。あれ、こういうの心理学的に何て言ったっけ? 何とか効果? まぁいいや。これで安全に女子の部屋に忍び込めるというもんだ。

「で、コウイチは何号室狙いなんだよ?」

「そりゃもちろん、姫ヶ谷のいる203号室だよ。風呂上りの浴衣姿見たか?」

「いや……」風呂上りの寝巻き姿なら家で何度も見たことあるのだが。

「見たヤツが言ってたんだ。姫ヶ谷の浴衣姿、ヤバイらしいから見とこうぜ」

「あ、ああ……」

「ところでシゲル、お前の希望は?」

「オレは特別何も……」

「そうか。それなら203号室で決まりだな」

 オレとコウイチはしおりに挟んである宿泊施設の間取りを畳の上に広げた。次の見回りまで約30分。目指すは二階にある女子の部屋、203号室だ。二階までのルートは三つある。一つはこの部屋から出て右に十メートルの所にある北階段ルート。もう一つは部屋を出て左、二十メートル付近にある南階段ルート。最後はエレベーターだが、このルートは先生と出くわした時の対処法がない。必然、北階段か南階段のどちらかになるのだが、問題なのは先生の循環ルートだ。

「なぁコウイチ。どっちだと思う?」

「部屋を出た時、通路が短いほうがいい。この廊下、出てしまえば長いストレートが続くからな。身を隠せる所がない」

「ってことは北階段か……いや、でも203号室は反対側だから、どっちにしても二階で長いストレートが続くことになるぞ」

「そうか、ってことはやっぱり先生の循環ルートによるな。見回りをする先生を追うカタチで二階までいくべきか」

 コウイチはゆっくりと扉を開くと、その隙間から通路を確認した。廊下は薄暗く、非常階段の青い光が床に反射している。その光をさえぎるように通路の先へと進む大人のシルエットを確認した。

「……北階段だ」

「オーライ」

 階段をゆっくりと上るその影を見届け、オレとコウイチはゆっくりと廊下に出た。息を潜め、その身を縮めながら歩みを進める。この長い通路のつきあたりを右に折れると二階へと続く階段があった。上の方を確認しながら一段ずつ上る。

「なぁシゲル……ここの施設、なんか薄気味悪くないか?」

「な、なんだよ急に。変なこと言うなよな」

「なにお前びびってんの?」

「いやべつに。それより早く進めよ」

「押すなって」

 オレたち二人は二階までたどり着くと、そこから恐る恐る通路を覗いた。オレたちC組の担任が203号室の前を通過していく姿が見える。この階での見回りはつまり、女子学生の見回りということになるが、特に問題は起こっていないようだ。

「オールクリア」

「だな」

 やがて担任は自分の部屋である一階へと降りていった。それを充分に確認してからひと呼吸置く。はやる気持ちを抑えながらも、オレたち二人はいつの間にか目的の203号室の扉の前に立っていた。オレは緊張で汗ばんだその右手で軽くこぶしを作り、ドアの前に差し出す。

「ノックするぞ?」

 しかしコウイチの返事がない。その暗がりにうっすらと浮かび上がるコウイチの視線は、遥かオレの後方に向けられていた。非常階段の明かりのせいか、心なしか蒼ざめているようにも見える。

「おい……何見てんだよ? 冗談はやめてくれよ」

 オレはその視線を辿りながらゆっくりと振り返る。背筋が凍りついた。オレたちが通ってきた北階段ルートに一筋の光が走った。

『あれは……』

 懐中電灯の光だ。人の姿は見えないが、誰かが階段を上ってくるのは明らかだった。

「まさか……逃げるぞシゲル!」

 オレとコウイチは小走りで、ついさっき担任が下った南階段の方へと走った。

しかし角を曲がる寸前で立ち止まり、後ずさるコウイチ。

「バカな、あいつ折り返してきやがった」

 オレたちの担任が目の前の階段を折り返し上ってくる。

『挟まれた!?』

 北階段と南階段の退路を断たれてしまった。この長い通路には、身を隠す物がない。絶体絶命だ。

「どうするコウイチ!」

「知るか!」

「エレベーターは?」

「間に合わねーだろ!」

 もう無理だ。覚悟を決め諦めかけていたそのとき、オレたちは闇の中に引きずり込まれた。


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