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―第28話― ジョーカー

 姫ヶ谷コトハが見せたポーカーにおける心理戦。彼女の活躍により、オレとコウイチは失ったはずの軍資金すべてを取り戻すことができた。オレたちが今こうして修学旅行を楽しめるのも、彼女のおかげだろう。

しかし、オレには一つ気になることがあった。それは勝負の後、塚原コウと姫ヶ谷コトハの最後の会話、そのやり取りをーー。


 修学旅行の初日。湯船よりたちこめる湯気は思ったより深く辺りははっきりしないが、同じ笹枝高校の男子生徒の声が浴室にうるさく響いている。オレは旅館の男湯につかり一人、物思いにふけっていた。旅の疲れが全身の発汗と共に抜けていくのを感じる。疲れといっても肉体的なものより、精神的なものがそのほとんどだった。その要因は言うまでもなく、行きの新幹線で繰り広げられたギャンブル、その心理戦。絶望からの生還。こんなにも短時間のうちに、気持ちが浮き沈みしたのは生まれて初めてかもしれない。考えてみればそれだけではなかった。大変だったのはその後だ。結果的にコトハがオレの彼女であるという演技をしたことで、今回の勝負は成立したわけが、その後、誤解を解くためにコウイチには何度もその成り行きを説明しなければならなかった。納得したのやらしてないのやら。

 そんなことを考えているうちに、オレは霞がかった視界の先から一つの影が近づいてくるのを確認した。

「またコウイチか? ……だからあれはコトハの演技で、オレの彼女ってわけじゃないんだ」

「ほぅ……それさえも演技だったのか?」

「……って塚原コウ!?」

 湯船に浸かるオレの横に塚原が腰を下ろした。

「その結果、俺の勘違いで不毛な賭けに出てしまったのか。……上玉だと思っていた彼女は、とんでもない隠し玉だったわけだ」

 そう言うと塚原は肩を使って笑い出した。笑声も途切れぬまま、再び口を開く。

「あーしかし、彼女はそう……まるでジョーカーだな」

「ジョーカー?」

「そう、ジョーカー。トランプでは万能なカードであり、そのまま『切り札』という意味さえある。誰もがそれに惹かれ、それを手に入れたとき、勝負を有利に運べる。ただ、『ババ抜き』に関してだけは忌み嫌われる存在だがな。ところで彼女は、何のゲームのジョーカーなんだい?」

「何のゲームの……?」

「ゲーム次第では事を有利にも不利にも運べる、いわば諸刃の剣。それが姫ヶ谷コトハ。勝負師としての俺の見解さ」

 塚原はその視線を前に向けたままだった。オレは塚原を前に一つの疑問を思い出す。今ならその答えが目の前にある。オレはそのまま塚原に尋ねた。

「そういえば今日の勝負の後、何か話してたよな。コトハが言っていた『昔のあなたなら』って、それに塚原が言っていた『あの時も』って。やっぱり昔からの知り合いだったのか?」

 塚原はしばらくこちらに向けていた視線を戻すと、今度は天を仰いで言った。

「ああ、彼女こそかつてジュニアポーカー選手権の決勝戦で対峙した相手、『黒髪の美少女』さ。それも勝負の最中に気づいたことなんだがな。ただ……」

「ただ?」

「昔の彼女はあんなもんじゃなかった」

「え?」

「今日の勝負、確かに負けはしたが昔の彼女はこの程度じゃない」

「……本気じゃなかったと?」

「いや、今の彼女にはなんていうかこう……あまさがある。人間らしい情があるんだ」

「当たり前だろ?」

「ところが……当時の彼女には感情というものが一切読み取れなかった。まるで機械ロボットのように冷酷な目をしていたんだ。それこそ今日の勝負、六万円で見逃がしてはくれなかっただろう。彼女はいったい何者なんだ?」


  姫ヶ谷コトハ。彼女はオレと同じクラスのクラス委員。……そして今では大切な家族の一人だ。

 

 『この程度じゃなかった』塚原は確かにこう言った。オレがこれまで目の当たりにしてきたコトハが見せた心理戦は、どれもオレの想像をはるかに超えていた。

しかし、塚原は今のコトハに対して『この程度』という言葉を使った。まるで機械ロボットのように冷酷な目した幼少期の姫ヶ谷コトハ、『黒髪の美少女』はいったいどんな少女時代を送ってきたのだろうか。今のコトハからは想像もつかない。オレはまだ、彼女のことを何も知ってはいなかった――。



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