―第27話― プロとして
塚原は三枚の手札を交換しながら考える。姫ヶ谷コトハはトランプの初心者でも、ましてやポーカーの初心者でもない。相手がプロのギャンブラーと知っていながら、巧妙な心理戦を挑んで来る。まさか伏線を張るために近づいたはずのババ抜きで、逆に張り返されるとは。完全にノーマークだった。彼女は、これまで争ってきたどんなプロギャンブラーよりも上をいっている。……いや、この感覚、あの時以来か――。
塚原のカード交換後、二回目のベットを行う。コトハは再び胸ポケットに手を入れると、今度は百円玉二枚を机上へと置いた。コトハは自身のみならず、軍資金の三万円すべてを賭けた。
「オールイン」
コトハの手により、掛け金は八万円へと吊り上げられる。これで塚原が勝負を受ければ、言うまでもなく今期最大、いや、過去最高額のビッグゲームになる。塚原は手札を眺めると、やがて目を閉じた。
「負ける勝負はしない……か」
手札を机の上に伏せたまましばらく沈黙を続ける。観衆が固唾を呑んで見守る中、ついにその口から言葉が発せられた。
「フォールド……俺の負けだ」
再び静寂が戻った。この勝負、塚原が降りたことでコトハの六万円勝ちとなる。
「つ、塚原さん! どうして?」
村部は目の前で起こったことを受け入れられずにいた。まさかプロギャンブラーの塚原コウが、ただの素人、しかも女相手に負けるとは思っていなかった。
役はどうだったのだろうか。オレは机の上に伏せられていたコトハと塚原の役が気になり同時にオープンする。塚原の役はストレート。対するコトハはダイヤのフラッシュだった。コトハの勝ちだ。つまり塚原のフォールドは正しかったことになる。
塚原は頭を抱えながら言った。
「しかしフラッシュとは……あえて初めに見せたスペードのQ、ペアの一枚を捨てたのか? ギャンブラーだな」
「ええ、あえて捨てたの。でもあなたはフォールドした。さすがはプロといったところね。冷静な判断だったわ」
「負けたことに変わりはないさ。それに、元プロギャンブラーだしな」
塚原は立ち上がるとオレたちに背を向けた。
「元?」
「前に一度、似たような勝負を受けたことがある」
塚原はやがて語りだすようにして言った。
「あれは俺がまだ小学生だった頃。ジュニアポーカー選手権で連勝を続けていた俺はやがて、プロギャンブラー塚原コウとしてその名を上げていた。そして俺も、そんな自分の実力を自負していたし、誰もが俺の勝利を信じて疑わなくなっていた。
しかしその反面、プロとして、塚原コウとしてその名が俺に重たくのしかかるようになっていた。勝って当然。負けるはずが無いと。
そんな時、俺の前に突如一人の少女が現れた。年は当時の俺とさほど変わりない黒髪の美少女だった。ジュニアポーカー選手権の決勝戦。すさまじい心理戦の末、俺は彼女に大負けしてしまった。彼女の最後の言葉、今でも覚えている。
『この勝負、チップは賭けても、プロとしてのプライドは賭けるべきじゃなかったわね』
俺の敗因は、プロとしてのプライドが邪魔して、フォールドできなかったこと。彼女は俺のそんな心理まで見抜いていた。
しかしその後、彼女は二度と大会に現れることはなかった。俺もその時プロを引退したが、そんな少女も今は成長してアンタくらいの年だろう」
静まりかえる列車内。騒音だけが響いていた。コトハは目をつむると、やがて沈黙をやぶった。
「そうね。昔のあなたなら、今の勝負受けていたでしょうね」
塚原はため息を交じえながら鼻で笑った。
「フン……やっぱりそうか。あんたはあの時も、俺以上にポーカーフェイスだった」
塚原はそう言うと、そのまま5号車へと姿を消した。村部も後を追うように席を立つ。完全に負けたと思っていたこの勝負。コトハが逆転したことで、負けた分の六万円を取り返すことができた。
「これに懲りたら、もうギャンブルなんてしないこと。いいわね」
しばらく続く静寂の中、コトハは席を立ちオレの肩をポンと叩くと、そのまま自分の席へと踵を返した。
「――コトハ!」
オレは無意識のうちにコトハを呼び止めていた。彼女は振り返ることなく通路中央で立ち止まる。周りの視線も自然と彼女に集まっていた。
「……べつに。あなたの資金は私達の資金でもある、ただそれだけのことよ」
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