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―第26話― 『心理学方程式』姫ヶ谷コトハVS『プロギャンブラー』塚原コウ

 B組を代表する塚原コウの机の上には、5枚の百円玉。つまり、その百倍の五万円がチップとして賭けられている。オレたちC組を代表する姫ヶ谷コトハのチップは、コトハ自身がその賭けの代償となる。

 しかしオレは今になって気が付いた。姫ヶ谷コトハはトランプの経験が浅い。いくら心理戦に長けていたとしても、プロのギャンブラー相手に勝てるのか? そもそもポーカーを知っているかさえわからない。そんなオレの不安をよそにコトハは椅子にもたれかかると、やがて口を開いた。

「さて、始めましょうか」

 塚原からポーカーのルール確認がとられた。切られたトランプはコトハと塚原の手元に五枚ずつ配られ、残りの札は中央へ裏向きに置かれる。互いに視線を反らすことなく手札を手に取ると、その役を確認した。塚原の手札とコトハの手札、強いのはどっちだ? 今はまだ神のみぞ知る勝敗。塚原はその手札からコトハへと視線を移すと、ニヤリと口角を歪めた。その視線はコトハに向けられているにもかかわらず、傍から見ているオレでさえ一種の恐怖心を覚えていた。先の戦いで負けたというトラウマが未だに残っている。こんな気持ちでは負けるはずだと、客観的に自分を見つめられた気がした。

 コトハもきっと、得意とするその『観察眼』で、塚原の表情からその心理の奥深くを読み取っているに違いない。そう思っていたオレの視線はコトハへと注がれるが、意外にもコトハの視線は未だ自分の手札の中にあった。手札五枚の中から役の確率でも計算しているのだろうか? 初めはそう思っていた。

 しかし次の瞬間、コトハは二枚の手札を表向きにして机上に出した。あらわになったのは、スペードのQとダイヤのQ。すなわちワンペアだ。もはや考えるよりも先にオレの口が動いていた。

「お、おいコトハ! 何してるんだよ、ババ抜きじゃないんだぞ?」

「え? ……あっ、間違えた!」

コトハは何事もなかったかのように二枚のカードを手元に戻す。静まり返る空気。そこにいる誰もが唖然としていた。村部は沈黙に耐えられず、やがて吹き出すように笑い出した。

「おいおい、本当に大丈夫か?」

 その場にいた全員が苦笑する。オレでさえこの絶望的な状況に、かえって口元が緩んでいた。ただ一人、塚原コウを除いては。

 塚原は表情を変えることなく笑みを浮かべていたが、その額に一筋の汗が流れるのを感じざるを得なかった。

『この女……本当にただの初心者か?』。塚原は思わず口元を押さえた。『傍から見ればこの状況、相手の手札を一部知れた俺の方が有利に見える。

しかし、あえて手札の一部を相手に公開することで、より心理的な勝負に持ち込んでいるようにも見える。そう、まるでプロの世界ではよくやる「スタッドポーカー」に似ている……。ババ抜きと間違えることで、あえて俺にペアを見せたのか?』

 塚原は再び自分の手札に目をやった。『カード交換は一度。姫ヶ谷コトハの手札は少なくともワンペア。最高でもフルハウスだが、幸い俺の手元にはQが一枚ある。フルハウス、スリーカードの確率は極めて低い。ならば……』

 塚原と姫ヶ谷の両プレイヤーが互いに手札を確認した後、一度だけカード交換の時間が儲けられている。

しかしコトハはカードを交換する前に胸ポケットから何かを取り出すと、机上に叩き付けた。それは異彩な金属音を放つ。

「――ベット」

 コトハの指が離れると、机上には一枚の百円玉が残されていた。

「な……五万円の賭け金をさらに吊り上げるつもりか?」

塚原はコトハを見返した。

「当然でしょ? あなたの賭けた五万円の代償は私自身。でも、プレイヤーが私である以上、私の軍資金を賭ける権利はあるはずよ?」

 塚原は尚も考えていた。コトハの『賭け金吊り上げ』その理屈は正しいのか? 筋が通っていれば認めざるをえない。かといって安易に否定してしまえば自分の役に自信がないのかと疑われるだけだ。即断即決。それでいて冷静な判断を下さなければ怪しまれる。塚原は百円玉を机の上に叩き付け、勝負に応じた。

「……フン、それならそれで俺には好都合だ」

 この時点で掛け金は六万円に吊り上げられた。コトハの場合は、彼女自身と、一万円がそれに該当する。

 オレはその百円玉を凝視しては、コトハを怒鳴りつけるようにして言った。

「バカな! ……なぁコトハ、頼むからこれ以上無謀な賭けを続けないでくれ。ポーカーのルールもあまり知らないんだろ? それに、チップを賭ける期間ベッティングインターバルはカード交換の後だろ」

「それは日本独自のルールよ。世界的ルールなら、カード交換の前と後の二回ベットを行うものなの。あなたなら解るわよね? プロギャンブラーの塚原コウさん」

 コトハは二枚の手札を交換しながら、オレに向けていた視線をそのまま塚原に戻した。

「これは驚いた……まさかそれを知ったうえでこの俺に勝負を挑んできたのか?」

「ええ、もちろん。そして私はあなたと違って、負ける勝負はしない主義なの」

「なるほど……ババ抜きの時はハッタリだったわけだ」

「あなたと同じよ」


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