―第25話― 一騎打ち
オレは一足先にデッキからギャンブルの席へと戻った。コウイチは未だにぐったりしているが、その向かい側で塚原と村部がいい気になっているのがよくわかる。オレが席に戻ると、塚原が視線を向けてきた。
「おや? まだゲームを続ける気かい? まぁ、賭けるものがあればの話だけどな」
塚原と村部が肩で笑っている。オレは返す言葉も見つからなかった。なぁコトハ、どうするつもりなんだ? 掛け金も無い状態で、プロのギャンブラー相手に。
沈黙に耐えきれず口を開こうとした時――。
「やっと見つけた! 学尾くん、何してるの? こんなところで」
偶然を装い、コトハが近づいてきた。それを知っているオレにはわざとらしく見えるのだが、ここはコトハの演技に合わせよう。
しかし先に口を開いたのは塚原の方だった。
「ほぅ……これはこれは、意外なお客様だ。さっきのババ抜きの件ではどうも」
塚原は足を組み替えて紳士的に振舞う。
「あれ? あなた、塚原くんよね? なんかさっきと雰囲気が……」
塚原はしばらくコトハを見つめると、再び肩で笑いだした。
「学尾シゲル。この子、お前の彼女だろ?」
「な……」
全力で否定しようとするオレの横から、コトハが割り込んで来た。
「え……何で知ってるの? 誰にも内緒にしてたのに」
どういう訳かコトハも、顔を赤くして恥ずかしそうにそれを認めた。同時にコウイチまでもが顔を上げこちらを見る。オレは慌てふためきもう一度否定しようと立ち上がった。
「いや、ちが……うがっ!」
否定しようとするオレの左足を、コトハは強く踏みつけた。そんな合図はあっただろうか? 記憶していないが。これはつまり、話を合わせろということか。
塚原は立ち上がりコトハのあごに手をそえると、軽く引き寄せた。その長身に、コトハの顔が上向きになる。塚原はコトハの全身を下から舐め回すように眺めると、その視線をオレに移した。
「さすがは校内一の美少女と謳われるだけの事はある。お前にはもったいない上玉じゃないか。なぁ学尾シゲル」
「貴様っ! コトハに触れるな!」
オレの中で何かがカッと熱くなった。そして気がつけば塚原の胸倉を掴んでいた。とっさの事にコトハも驚きを隠せないでいる。塚原はなおも笑みを浮かべていた。
「……そうこなくっちゃ、学尾シゲル。どうだ? さっきお前が負けた三万円と、この女を賭けてラストゲームっていうのは」
「何っ!? そんな勝負引き受けるわけ……」
「そうよ……私の価値が三万円だなんて失礼な話ね。せめて五万円よ!」
いや、そういう問題ではないと思うのだが。
「……いいだろう。五万円と、この女をかけて勝負だ」
「いいわ、その勝負受けて立ちましょう」
そう返事をしたのはコトハの方だった。彼女はオレの前にスクッと立つと、塚原と対峙する。バカな、そんな勝負オレにできるわけないだろう。
「ただし……」
コトハはつかつかと歩き出すと、やがてギャンブルの席へと腰を下ろす。
「勝負するのはこの私よ、塚原コウ」
「ほぅ……面白い女だ。ますます気に入った」
塚原はニヤリと笑うと着席し、コトハと対峙した。
――オレたちを乗せた列車は、再び長いトンネルを抜ける。日が昇ったせいか、さっきよりも目が眩んだように思えた。『心理学方程式』姫ヶ谷コトハ対『プロギャンブラー』塚原コウ。かつてはババ抜きで最下位を争ったはずの二人が、今度はこの大舞台でポーカーの一騎打ち。今期、最後にして最大のゲームが始まる。
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