―第24話― 『プロギャンブラー』塚原コウ
座席には灰となった愚かな男が二人。オレたちは完敗してしまった。軍資金は底を尽き、もはや修学旅行どころではない。向かい合った座席には勝者と敗者。対照的な構図だった。オレとコウイチはそれぞれ三万円ずつ、合計で六万円もの負けとなってしまった。オレは何も考えられずに、袖で額の汗を拭う。コウイチはうつむいたまま少しも動かなかった。オレはその空気に耐えられず席を立つ。その足は自然と洗面所へ向かった。
『やっちまった……』
鏡には青ざめた男が一人。無様だと笑ってやりたいが、そこに映る男を笑ってやれるほど、オレには余裕がなかった。客観視できたならどんなに楽だろう。洗面台に両手を付き、ギャンブルなんてするんじゃなかったと後悔していると、何者かにトントンと肩を叩かれて我に返った。
「やっと見つけた! どこ行ってたの?」
振り向くとそこにはコトハが立っていた。うつむいたオレの顔を下から覗き込む。
「どうしたの? ……学尾くん! 顔色すごく悪いよ!?」
「コトハ……」
「シゲルくん?」
オレはコトハに倒れ込むようにその身を預けた。
――オレはデッキに立ち、今さっきまでやっていたギャンブルの一部始終をコトハに話した。
「なるほどね……やっぱりそうか」
コトハは壁に寄りかかり、考え込むようにして言った。
「やっぱりって?」
「さっきのババ抜きの時から思ってたんだけど、塚原コウはたぶん、裏社会ではかなり有名なプロのギャンブラーよ」
「プロのギャンブラーだって?」
「ええ、あまり公にはできないから、顔を知ってる人も少ないと思うけど。そして学尾くんが言う通り、ババ抜きの時から塚原コウは既に演技だった」
コトハは腕を組みオレに視線を送る。確かに、これはもう疑いようがない事実だろう。塚原コウの人格変貌はババ抜きの時とはまるで違っていた。そしてその勝負強さも。
しかしプロギャンブラーが素人のオレたち相手に何をしているんだよ。オレはそんな気持ちでいっぱいだった。
「つまり塚原は、『ババ抜きが弱い』=『勝負に弱い』という固定観念をオレに植え付けた」
「――御名答。でもね学尾くん、ババ抜きって普通にやっていれば、一位で勝ち抜けるのと変わらないくらい最後まで残るのも難しいものよ」
考えてみると確かにそうだ。ババを引かないようにするのも、手札のカードと同じペアを引かないようにするのも、伏せられたカードを引く以上、条件は変わらない。気になるのはコトハの言う『普通にやっていれば』という一文だ。
「普通じゃなかったと?」
「ええ。いくらババ抜きが弱いと言っても三連敗なんておかしいと思わない? 今回の場合、四人でババ抜きをしたわけだから、順位を無視するなら勝ち枠は三つ、負け枠は一つしかないというのに」
「どういうことだ?」
「その答えは一つ。つまり塚原コウは、カードが揃っても捨てていなかったと考えるべきね」
捨てていなかった? 揃ったカードを捨てないなど考えもしていなかった。確かに、捨てなかったカードは何事も無く他の人へと回っていく。誰も気づくことはない――普通なら。
「確かに……それなら何があろうと負けるな」
「だからあえて、私もやってみたの。『捨てないババ抜き』を」
ババ抜きの後半戦、いつもコトハと塚原の一騎打ちだった理由はそこにあった。
「でも一騎打ちになった時点でこれは使えないわ。有無を言わさず最後の一枚が残るまで捨て続けることになり、捨てないと周りの人に気づかれる。でも、塚原コウは最初の一回だけミスをした。ババ以外を引いたのに捨てなかった」
「なるほど……じゃあコトハは演技だって気づいてたのか?」
「もちろん。ただ、何の目的で負け続ける演技をしているのかってだけは、学尾くんから事情を聴くまでわからなかったけど」
しかし、過ぎてしまった事だ。その全貌が明らかになった所で、もう遅い。もはや賭けるものの無いオレとコウイチにはどうしょうもないことだった。もし気が付いていたなら油断はなかっただろう。少なくとも、今回のような無様な負け方はしなかった。オレは大きくため息をつく。コトハは扉の前まで行くと振り返ることなく言った。
「……何してるの? 学尾くん、取り返しに行くわよ」
「え? 何を?」
「もちろん、負けた分よ」
「取り返すってお前、相手はプロのギャンブラーだろ? それにもう……賭けるお金がない」
「いいから、ここからは私に話を合わせて――」