―第23話― 罠
オレ達、笹枝高校の二年生を乗せた新幹線は、修学旅行先である京都へと向かっている。長いトンネルを抜けると辺りの風景は夏の新緑でいっぱいに広がった。反射する日の光で目が眩んだが、今オレ達の目の前に広がる一円玉の枚数にも目が眩むほどに、ポーカーの掛け金は上昇していた。オレとコウイチは息を呑む。緊張の瞬間。
「……ショーダウン!」
「ツーペア……」
「スリーカード! よっしゃーっ!」
オレとコウイチはコブシを合わせた。
ここまでの戦績は好調だ。B組の村部はさすがに勝負勘は良いのだが、今ひとつ踏み込みが足りない。塚原の勝負弱さにも助けられてる気もするが。
「おい、塚原! 簡単にフォールドするなよ! やる気あんのか?」
さすがの村部も焦りを見せ始めたのか、イライラを隠せないでいた。
「ゴメンよ、村部くん」
塚原も気の毒だな。ここまで勝負に弱い男も初めてだが。もっとも、塚原は最初のアンティから掛け金を増すことがめったにないため、同じ負けでも、最後まで粘る村部よりは負けていないが。なおもゲームは続けられた。やがてコウイチから合図が送られる。コウイチはオレの左足を軽く二度踏んだ。『勝負をかける』の合図だ。コウイチは一気に賭け金を跳ね上げた。
「レイズ」
コウイチが賭けたのは一円玉でも、十円玉でもなく百円玉だった。つまりこのゲームにおける百円玉の価値は、その百倍。つまり一万円だ。
オレは作戦上フォールドする。当然、塚原もフォールドするだろう。残るは村部がどう出るかだ。しかし――。
「賭けてきたね」
「どうした村部。賭けないのか?」。コウイチは自信に満ちていた。
しかし次の瞬間、予想だにしない人物が口を開いた。
「おい村部、お前はドロップしろ」
「はい。塚原さん、とうとう勝負に出るんですね?」
オレは耳を疑った。気のせいか今、村部と塚原の立場が入れ替わった気がしたが。コウイチも目を丸くしていた。
「俺が降りると思ったろう? 稲芝コウイチ。残念だったな、リレイズだ」
まさかの塚原がリレイズ? 掛け金はその倍の二万円に跳ね上がった。どういうことだ? オレばかりか、コウイチも現状を把握できていなかった。二万円だぞ二万円。どういう神経してんだよ。ここにきてコウイチの手が止まった。確かにこれまで塚原は、負ける勝負には賭けて来なかった。それだけに今回のリレイズは信憑性を増す。塚原の急激な人格変貌も、オレ達の判断を狂わせていた。ハッタリか? それとも……。オレもコウイチも、判断のつかない葛藤を繰り返していた。
「くそっ! コールだ!」
コウイチは百円玉をもう一枚、机上に叩きつける。
「ショーダウン!」
『コウイチの役は8のスリーカード。対する塚原は?』
「ストレート。 はいごちそうさま、稲芝コウイチくん」
コウイチは愕然とした。ハッタリじゃない。これまでの勝負に弱い塚原は全て演技で、オレ達が大金を賭けてくるのを待っていたんだ。完全にやられた。これが巧妙に企てられた罠。塚原コウのポーカーフェイスだった。
この勝負で完全に流れが変わってしまった。その後の勝負も、塚原が全てを持っていった。なんだこの勝負強さは。まさか、ババ抜きの時見せた勝負弱さも、この一戦のための演技だったのか? その結果、油断を招いてしまった。オレとコウイチは破産寸前。軍資金だった旅費も残りわずかだが、もはや残していても仕方が無い。ここは男らしく、全てを賭けよう。全賭けだ。