―第20話― ババ抜き
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オレはトントンと肩を叩かれて目を覚ました。いつのまにか眠ってしまっていたようだ。寝ぼけ眼で振り向くと、コトハがこちらを凝視していた。ああ、そうだ。今は修学旅行へ行く新幹線の中で、朝走ってきた疲れもあって眠ってしまっていたのか。腕時計で時間を確かめると、ゲームスタートまであと四十分あった。オレはコトハに尋ねる。
「えっと、なに?」
「暇」
「……なんだって?」
「暇!」
お前は駄々っ子か。という突っ込みが喉もとまで出掛かっていたが、何とかそのまま飲み込んだ。
「暇っておまえ、本はどうした?」
「全部読んじゃった」
「ああ、そうか。だったらクラスの女友達とガールズトークでも楽しんできたらどうだ?」
「……」
そういえば、ウチのクラスでも女子はよくグループを作っており、その派閥はオレの知る限り大きく三つに分かれている。一つは高校生でありながら厚化粧バッチリのギャル集団。校則は守ろうとせず、何かと反抗的な態度をとる。もちろん、クラスマッチでも非協力的だったグループだ。もう一つは、そんなギャル集団とは対照的なおとなしめの優等生集団。成績、ルックスともにレベルは高いほうだが、内向的でこれまた非積極的というか。最後の一つは活発な体育会系女子集団。ただそのほとんどが陸上部で水泳大会は畑違いとなる。
今思えば、ウチクラスの女子の水泳レベルが高いわけないだろう! という時間差突っ込みが、喉もとまで出掛かっていたが、何とかそのまま飲み込んだ。問題なのはそこじゃない。
「それでコトハは、どこに属するんだ?」
「え? ……私は」
質問して気が付いた。姫ヶ谷コトハはどこにも属していない。脳裏に浮かんだのは、教室でいつも一人で本を読んでいる姫ヶ谷コトハの姿だった。オレは話を変えるべく、とっさに提案した。
「えっと、じゃあ、トランプでもするか!」
「あ、うん! する!」
その時のコトハの笑顔はなぜか、これまで見た中では最高の表情だったように思えた。
「あ、でもオレ、トランプ持ってないや」。と言うよりはコウイチに貸している。
「いいよ。私、持ってるから」
コトハはそう言ってトランプの包装紙を開け始めた。
「新品?」
「うん、そうだよ。 私一度こんなふうにトランプしてみたかったの」
コトハはそう言いながら、トランプを切り始めた。その手つきはなんともおぼつかない。
「トランプしたかったって、やったことないのか?」
「ルールぐらい知ってるわよ」
コトハは切ったトランプを、オレの手元と自分の手元へと交互に配っていく――。
「……で、なんで二人でババ抜きなんだ?」
オレは大量の手札を前に言った。
「いいじゃない。こうやって揃ったカードを場に捨てていけば、手札は減るでしょう?」
配られたカードは高確率でペアが揃い、はじめる前から手札は半分以下となった。なんだこの消化試合は。これはゲームというよりまるで作業だな。そしてオレの手元にジョーカーがないことから、コトハの手元にあることがわかる。これではババ抜きの面白みもあったもんじゃない。
「やっぱり、最低でも三人以上は必要だろう」
オレは辺りを見渡すが、該当者が見当たらなかった。コウイチを誘えば来るだろうが、オレとコトハが一緒にいる時は、あまり近くに置きたくない存在だ。それに、これから大勝負に出るというのにこんな馬鹿げたゲームで感覚を狂わせるわけにはいかない。オレはため息を吐くようにその作業に戻る。これでも、ギャンブルまでの時間潰しにはなるか。再びコトハのカードに手をかけようとした時。
「あ、コトちゃんめっけ!」
そこにはウチの高校の制服を身にまとい、髪を左右で結んだ女子生徒が立っていた。