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―第19話― 修学旅行

 さて、我が笹枝高校二年生は毎年夏休み中に修学旅行へ行く事になっている。行き先は京都・奈良への二泊三日だ。そしてそんなオレは今、すごく焦っていた。

「コトハの奴、家を出る時も別々だもんな。行き先は同じなのに」

 学尾家に姫ヶ谷親子を迎えて数週間が経過していた。しかしその事は誰にも話してはいない。もちろんコウイチにも。そんな秘密と旅行鞄を抱えたまま、オレは呼吸を整え、新幹線の乗車チケットを握り締めていた。どうやらコトハは、オレと一緒に住んでいることを他人には知られたくないらしく、コトハが先に家を出てから、その10分後にオレが家を出ることになっていた。そのくせコトハが時間ギリギリに家を出発したために、たった今オレは走らされている。

 もちろんオレも、一緒に暮らしていることなど他人には知られたくないのだが、登校時間をずらすのなら、後に家を出る者のことを考えてほしいものだ。

「遅いぞ学尾! それでもクラス委員か?」

「はい! すみません!」

 担任の先生に急かされるも、なんとかギリギリで乗車する。間もなく列車は動き出した。車内の通路を歩きつつ、学校から渡されていた指定席の番号を確認する。馴染みの顔がそれぞれの席に着いて、なにやら楽しそうに話しをしていた。

「えっと、C組の指定席は6号車だからオレの席は……あった」

 オレは座席上にある荷物置き場へと荷物を押し込む。その視界の端で、一人の男が立ち上がりこっちに向かってくる姿を確認した。

「おいシゲル、相変わらずギリギリだな」。振り向くとそこには、コウイチが立っていた。

「まあな」

「……ところでアレ、忘れてないだろうな?」

 コウイチはオレの肩に手を置き、遠くを眺めている。その視線の先には、5号車から6号車へと溢れたB組が数名着席していた。オレはコウイチに視線を戻す。

「当然だろ? オレたちにとってのメインイベントだからな」

 オレはそう言って、昨晩から制服のポケットに忍ばせていたトランプの箱をコウイチへと手渡した。

「だな」

「あ、一円玉は両替できたか?」

「ああ、このとおり」

 コウイチはビニール袋を目の前に掲げる。中には大量の一円硬貨が入っていた。

「これで担任の目はごまかせる。ゲームスタートは今からキッチリ一時間半後だ」

 いつからか我が笹枝高校では、男子の中でトランプを使ったギャンブルが流行っていた。最初は単に遊びを目的としたゲームだったが、次第とお金を賭けはじめ、十円から百円、千円と掛け金が上がり、オレたち高校生のお財布事情では小さなお金の動きでさえ、今後の生活に大きく影響した。そして今日もまた現地へと向かう列車の中、お金に飢えた男どもが集い、ギャンブルをすることになっている。オレもまた、今日は一人のギャンブラーだ。今回準備できた軍資金、つまり修学旅行に持っていける「おこずかい」の金額は一人当たり3万円と、日常の高校生活の比ではない。そしてなぜか毎年、この日だけはゲームの相手が他のクラスの者達になる。今年の場合は5号車から6号車に溢れたB組数名が相手となり、同じクラスのC組の連中とは手を組んでゲームに挑む。これはおそらく仲間意識、同士の間で親密さが生まれるという心理からだろう。前にあったクラスマッチも然り、野球、サッカーは地元同士でチームを作るという心理、オリンピックにいたっては、母国を応援するものがそのほとんどだろう。そして今日のギャンブルはいわば、組を代表して行われる派閥争い。オレも今日の勝負にはそのほとんどを投資している。今日はこの一年で最も大金が動くビッグゲームとなりうるだろう。

 かねてより我が笹枝高校の修学旅行では、新幹線の中でトランプを使ったギャンブルをするという伝統があった。しかし、二年前の先輩達が現金を賭けている所を担任の先生に見つかり、厳しい処分を受けたこともあり、今では先生にバレないように実際の金額の1/100レート、つまり一円玉=百円をチップとして机の上に置きギャンブルをしている。そう、一見するとただの遊びに見えるのだが、実際はその百倍ものお金が動いていることになる。コウイチが準備した大量の一円玉の理由はそこにあった。ゲームで取得したチップは後で精算し百倍となる。

 オレはゲームスタートまでの時間で、なんとか心を落ち着かせようと指定席に腰掛けた。

「ずいぶんと遅かったわね。学尾くん」

 オレが座る席のすぐ横、窓際の席で肘を付くコトハが言った。なるほど、学校ではあくまで他人行儀に『学尾くん』で通すようだ。

「誰のせいだよ、誰の」

 クラス委員のオレとコトハの席は隣同士、クラスの前後が見渡せる席を担任の先生が手配していた。普通なら出席番号順なのだが、クラス委員のオレ達は点呼が取りやすいようにとの事だ。もっとも、遅れてきたオレが来た時点で、ようやく全員が揃ったようだが。

 コトハは視線を下ろすと、再び手元の小説を読み始めた。これもコトハと一緒に暮らしはじめて分かったことだが、彼女は本が好きらしく、家でもだいたい本を読んでいる。いつかコトハが本を読んでいる最中に、何度も呼びかけたことがあったが、返事は無かった。コトハはマイワールドに入ってしまうと聞く耳を持たない。まぁ、これでオレもゲームスタートまでの時間をゆっくり過ごせるというもんだ。

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