―第17話― 姫ヶ谷親子
「こんにちは」
学尾家には姫ヶ谷家から運ばれた必要最低限の荷物がダンボールに詰め込まれ、通路をふさいでいた。
「シゲル。コトハちゃんの荷物運ぶの手伝ってやれ」
「あ、あぁ、でも部屋は?」
「シゲルの部屋の横に空き部屋があったろう?」
あれは空き部屋というより物置部屋へと化していたように記憶していたが、いつやったのかキレイさっぱり片付いていた。
コトハは玄関に立ち尽くし、辺りを見渡していた。彼女がここに来るのは、あの時のお見舞い以来、今日で二回目になる。駅前レストランでの対面から数日後、ここにきてオレたちは初めてお互いの沈黙を破った。
「あ、あのさ……部屋は二階だから荷物運ぶよ?」
「え、ああ……うん」
オレはダンボールを抱え、玄関横にある階段を上る。コトハも遅れてあとから付いて来た。階段を上り終えるとすぐ右手にオレの部屋がある。そこから真っ直ぐ進んだ突き当たりには、かつての物置部屋。そしてこれからはコトハの部屋になる場所だ。
今まで締め切っていたこの部屋は空気の入れ替えのために、扉は開放し、窓も全開にしておいた。部屋に入ると、吹き抜ける風が身を包んだ。オレは荷物を抱えたまま振り向く。
「ってなワケで、ここの部屋自由に使っていいから」
部屋を抜ける風がコトハの黒髪を撫でている。夏の風が生暖かく、はためくカーテンの音が聞こえていた。
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「やっぱりどう考えてもまずいでしょ?」
荷物を部屋へと運び入れるオレに、コトハは語りかけてきた。
「だよな。親父も姫ヶ谷のお母さんも、オレと姫……コトハが初対面だと思ってるぞきっと」
「私、名字が変わるわけ? 学尾コトハ?」
問題大有りだな。同じ学校ってなだけならまだしも、同じクラスときたもんだ。コトハの名字が『姫ヶ谷』から『学尾』に変わりましたなんてなったら、オレの立場もどうなることやら。周囲の目も気になる。
「なんかヤダ。学尾くんと同じ名字だなんて」
「お……オレだってゴメンだよ!」。コトハに対し、オレもむきになった。
こればっかりは親父に相談しなければならないだろう。まずはオレとコトハが同じ学校の同じクラスであることを理解してもらおう。
姫ヶ谷親子はキッチンに立ち晩御飯を作っていた。かつてあまり使われていなかった台所も、ようやくそのお役目が果たせるというものだろう。しかし親子とはこうも似ているものかと思いながら、オレは二人の後ろ姿を見ていた。容姿が似ているとは言ってもやはり年の差は感じるのだが、この親あってこの子ありというか、容姿よりも雰囲気が似ている。その夜は学尾家で初めて、家族四人で食卓を囲んだ。テーブルの上には『最初の晩餐』にふさわしく、何品もの手料理が並んでいる。驚いたのは母親であるクレハよりも、コトハの方が指揮をとって夕食を作っていた事だ。これには正直驚いた。
「親父! ……手料理だよ、手料理」
「そうだなシゲル! これからはコンビニ弁当とはおさらばだな」
オレと親父はしみじみと泣き出した。次々と運ばれる品々を前に今度は腹の虫が鳴きはじめる。クレハとコトハはエプロンを外し、食卓についた。