―第16話― 新生活
姫ヶ谷クレハの後ろからひょっこりと顔をだし、目を丸くして驚いているのは言うまでもなく、同じクラスのクラス委員、姫ケ谷コトハだった。
オレたちはきっと心の声を揃えたに違いない。
『姫ヶ谷!』
『学尾くん!?』
状況が掴めない。親父の指示通り駅前レストランに来たのはいいが、なぜ目の前に姫ヶ谷コトハが現れるのだ? まさか期末テスト終了祝いを一緒にやりましょうなんて、そんなバカな話はないだろう。見たところ、親父とこの姫ヶ谷クレハなる人物は、どうやら知り合いらしい。親父はすでに状況の説明していたのだが、オレは気が動転していて物事を冷静に判断する頭を持ち合わせてはいなかった。
「で……何?」
思わず口をついて出たオレの言葉だ。
「だから、俺の再婚相手の姫ヶ谷クレハさん。新しいお前の母さんだ。あ、こいつはウチの一人息子の長男坊で……」
ちょ、ちょっと待ってくれ。話が飲み込めない。喉に詰まってはきだしそうだ。混乱するオレを前にクレハは話を進めてきた。
「よろしくね。シゲルくんだっけ? お父さんに似ていい男じゃない。ねぇ」
「やめてくださいよ、シゲルに乗り換えなんて」
二人は見つめあってケラケラ笑っていた。あぁ、もう勝手にやってくれ。いやしかしそうもいかない。行き場を無くしたオレの視線は無意識にコトハを捉えた。刹那の間で目をそらし、もう一度見る。いわば二度見状態。コトハもその賢い頭で状況を整理しているのだろうが、その瞳が泳いでいるのがよく分かった。きっと彼女も何一つ知らされてなかったに違いない。クレハはコトハの肩に両手を置くと話を続けた。
「あっ、この子はウチの一人娘のコトハっていうの。多分シゲルくんと同い年くらいだと思うんだけど……ほら、学尾くんたちにご挨拶して」
向かい合うオレとコトハ。しかし何一つ言葉を交わさない。正直、かける言葉が見つからないというべきか。親父とクレハはそんなオレたちを見てなんだか気を使っているのがわかった。
「と、とりあえず席に着きましょうか、ねぇコトハ」
姫ヶ谷親子はテーブルの向かい側に周り込み席に着いた。その際、コトハはオレから一度も視線を反らさなかった。
「実は、コトハちゃんとシゲルには、いつか顔合わせしてもらわなきゃいけないと思ってて、それでこんな形で会うことになったんだけど。これからは家族4人で……」
--家族4人。それはこれから学尾家に訪れる新生活のスタートを意味していた。
今まで男二人で生活してきたこの空間に、二人の女性がやって来る。ただそれだけならまだいい。しかし親父の再婚相手、姫ヶ谷クレハの娘は同じ高校の同じクラスのクラス委員、姫ヶ谷コトハだ。こうなってしまってはもう何が何だかという感じだ。これでは否が応でもコトハのプライベートに触れることにもなるだろう。コウイチに頼まれていた『姫ヶ谷コトハの考察』もこれからは休む暇もなくつけなければいけないのだろうか。いや、そんなことをしたら次第とオレの存在まで浮き彫りになる。家族とはいえ、オレとコトハが一つ屋根の下で一緒に暮らしていることをコウイチに知られたらどうなる?絶対に秘密にしておかねば。今後の生活が思いやられる。
オレ達が夏休みの間にと、コトハとクレハは学尾家に引っ越してきた。