―第14話― 直帰
高校二年の7月。期末テストの終わり。オレたち二年C組の教室に新鮮な空気が流れ込んだ。淀んでいた空気は一新され、後方の席に座るオレにとっては皆、孵化したばかりの雛鳥のように、まるで伸ばした羽が見えるようにさえ思えた。きっとオレの背中にも、これでもかというほど伸ばしたくなる羽があるのだろう。この瞬間がたまらない。席にもたれ、精一杯の背伸びをする。
「くぅーーーっ……うがっ!」
背伸びをするオレの横腹に手刀突きが繰り出され、背伸びは不発に終わった。どこのバカだ。オレの背伸びを妨げたヤツは。
「シゲル! テストどうだったよ?」
案の定、コウイチだった。
「もう……お前じゃまするなよ! 背伸びが不発に終わったじゃねーか」
「あーすまん。で、夏休みどうする?」
テストの結果を聞いてたんじゃなかったのかよ。
「特別何も無いけど」
「じゃ、じゃあさ、姫ヶ谷でも誘って海でも行こうぜ?」
バカを言うな。ついこの前、水泳大会で恥を掻いたばかりなんだぞ? それにあの時、泳いでオレを助けに来てくれた姫ヶ谷は自分が泳いだことさえ覚えてないんだ。それはまぁ、もう一度見たい気持ちも分からんでもないがな。
「そうと決まったら、どっかで晩飯でも食いながら作戦会議だな」
「あ……そうだった」
「は?」
「そういえば今日、親父と外食行く約束してたんだった」
「親父さんってあの警察官の?」
そう、それは今朝方、オレが学校へ行く私宅をしていた時のこと――。
「おいシゲル。期末テストって今日までだったよな。調子はどうだ?」
親父はクローゼットの内扉についている鏡を見ながらネクタイを絞め尋ねた。
「まぁ、ボチボチ」
「そうか……」
その時、なんとなく親父の様子がおかしい事に気が付いた。何か言いたげなのは分かるが、なんだか話を切り出しづらいようだ。それに何かは分からないが、妙な違和感が残る。
「あのな、シゲル」
「なに?」
「あ、いや……」
オレはそんな親父を横目に、グラスに麦茶を注ぐと一気に飲み干した。朝食に取ったベーコンエッグのお皿を水で洗い流す。
「すまんなシゲル。毎朝同じような朝食ばかりで」
「いいよ。オレ結構、親父の作った質素な料理好きだし」
「そうか。……そうだよな、質素、質素なんだ」
どうしたのだろうか。今日の親父はいつもと違う気がする。親父はいつも何か言いづらいことがあると、鏡越しに話すクセがある。オレとは直接目を合わせようとはしない。
「よしシゲル、今日は久しぶりに外食でもするか。放課後はまっすぐ帰って来いよ」
「ん? ああ、わかったよ。親父と外食行くのも久しぶりだな。でもなんでまた急に?」
「毎晩コンビにの弁当じゃお前も飽きるだろ? 期末テスト終了祝いだ」――。
とまぁこんな具合だ。だから今日はまっすぐ帰らなければならない。期末テスト終了を祝ってくれるのはありがたいが、できれば結果を聞かないでほしい所だ。
「てなワケで、今日はまっすぐ帰るよ」
「それならしゃーないな。じゃぁまた、いずれ遊びに行くから」
「ああ、わかったよ」
オレは席を立ち鞄を掲げると教室を見渡した。その時、姫ヶ谷の姿はすでに教室には無く、今日は珍しく早めに帰ったようだ。
しかしその帰り道のこと――。