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―第9話― 放課後の雨やみ

 水泳大会まであと五日。昼休みになると、オレとコウイチは屋上に出てコンビニのパンを食べながら話をしていた。

「あのカナヅチだった金辻が、もう一人でも十メートルも泳げるようになったな。多分コウイチのあの一言がきっかけだぜ?」

「お? 気がついたか。人は誰しも、誰かから認められたいと思うものさ。それが惚れた女ならなおの事。つまり心理学における『承認欲求』だよ」

 コウイチはそう言ってパック入りのコーヒー牛乳に刺したストローの先をこちらに向けると、また口へと持っていく。

 姫ヶ谷の事だ。おそらく意図的にあの視線を金辻に送って、やる気を出させているに違いない。ってことは姫ヶ谷コトハは金辻の気持ちに気づいてやっている事なのか? そうだとしたら何と言うか、あまりいい性格とは思えなくなってきた。男心を踏みにじっている。しかしながら、オレがそうやって他人の事ばかり考えてしまうのも、『父親譲りの正義感』といった所だろうか。そうしているうちに、ポツリポツリと雨が降ってきた。昼休みも頃合、オレとコウイチは教室へと戻る。

 間もなくして教室の窓からの風景は大きく変化する。外は予報外れの豪雨と共に雷が鳴り響いていた。その位置からでも見えるプールの水面には物凄い勢いで無数とも思える波紋を作っている。

『これじゃ今日の放課後は練習できないな』

 姫ヶ谷もまた、外を眺めていた。その表情は、あの時の『観察眼』のそれとは違い、何も考えていないようなボーッとした虚ろなものだ。

 やがてオレはもう一つの問題点に気が付いた。案の定放課後まで降り続いた豪雨で、今日の水泳特訓は中止したのだが、――傘を持ってきていない。

「しまった」

 一度玄関には来て見たものの、その雨脚は留まる所を知らず、それどころかより強くなってきたようにも思える。進む事を許されないオレの足は、再び教室へと運ばれた。そしてそんな間抜けな人間はオレ以外にいなかったようだ。普段ならまだ夕暮れ時だが、この日だけは空を覆う黒雲がその光を遮っており、辺りは暗い。オレは手探りで教室の灯りを点けた。誰もいない教室にただ一人、『置き傘が一本でもあれば』というオレの淡い期待は見事に裏切られ、特別何をする目的もなく席に着いた。

「さて、どうしたもんかな……」

 当ても無く鞄の中から偶然手に取ったノートには、オレが纏めた『姫ヶ谷コトハの考察』が記されている。そのノートをパラパラと捲ると、空白だった『性格』の欄に目を留めた。そこに軽い気持ちでこう書き記す。


 『性格:あまり良くない』


 それを確認したオレは、自ら軽く鼻で笑う。そうしているうちにあるモノが視界の隅に入ってきた。教室に入った時には気づかなかったが、誰のものだろうか、鞄がまだ机の横に掛かっている。

『あの席は確か……』

 姫ヶ谷の席だ。まだ学校に残っているのだろうか、本人の姿は確認できない。

 オレはふと外を眺めた。透明な窓の向こうに降りしきる雨は、まだ止みそうに無い。その窓ガラスにポツポツと弾かれる雨粒が、外の世界をぼかしていく。

 しばらく眺めていると、プールサイドの一角に動く影を確認した。最初は『気のせいか』とも思ったが、再び現れたシルエットと、教室に残された鞄という条件の下、軽く結露しモザイクがかった窓越しにさえ、それが誰かを察する事ができた。

『姫ヶ谷……』

 彼女は一人、学校指定の水着姿。これから泳ごうとでも言うのだろうか、この雨の中で準備運動をしていた。

「何してるんだ? こんな雨の中で」

 オレは無意識に、その曇りがかったガラスを手のひらで拭った。それでもよく見えない姫ヶ谷の姿を、より鮮明に確かめようと、窓を開ける。少しばかり降りかかる雨は気にならない。やがて雨音をかき消すように、水を撥ねる音が聞こえた。姫ヶ谷がプールに飛び込む音だ(ただし足から)。その情景にはどういう訳か、新鮮味があった。それもそのはず、オレは今までに彼女が泳いでいる所を見た事が無かったからだ。コトハが泳ぎだすのを確めるべくしばらく見学していたのだが、プールに入るった彼女はそこからまた一向に動こうとしなかった。

『……どうかしたのだろうか』

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