#05 三人目の転生者 後編
バルドーが16歳の年。
突如、スコット台地の北方民族が、トランベル王国領内の北に位置するヨーム平野に侵攻し、戦争となった。
騎士爵の子息であり、若き剣術の達人として名を馳せていたバルドーにも召集がかかった。
爵位を持たないバルドーであっても、国難となれば国民としての義務は生じる。なによりも、バルドー自身が立身出世の野心を持っていたので、この戦いをチャンスだと考えていた。
また、グレイス侯爵家は貴族として国難にあたる責務があったが、グレイス領は首都圏に隣接する位置にあって王都を守る重要な役目があり、グレイス侯爵自身が遠征にでることができないため、ヨーム平野への派兵は18歳を迎えたばかりのトーマスが指揮することになった。
バルドーもトーマスも、これが初めての実戦で初陣となる。
バルドーは父と共に、ドール伯爵家が指揮する部隊に組み込まれたが、いくら剣の達人だとしても、爵位も実績もないので一兵卒としての扱いだった。
対してトーマスは、グレイス侯爵の名代として指揮官である。
急ぎ領地に戻り、領軍や傭兵団をまとめるとすぐに出兵し、補給路を確保しながらヨーム平野を目指した。
初陣で指揮官。普通ならありえないだろう。
しかし、グレイス侯爵配下には、用兵に長けた優秀な人材が多数居たため、お飾りの指揮官でも左程問題はなかった。むしろ、トーマスの初陣を飾るための戦ともいえた。
トーマスがヨーム平野に到着したときは両軍膠着状態だったが、三日後に動きがあり、両軍が入り乱れ戦況が激化。王国軍は厳しい戦局に立たされた。
そんな中、ドール伯爵率いる援軍としてバルドーが到着したとき、我が目を疑った。
そこには、平野一面に広がる死屍累々。
吐き気を催すほどの腐臭。
血でできた水溜まり。
腕や脚を失った兵士たち。
前世では勿論のこと、現世でもこのような凄惨な現場は初めてだ。
な、なんだよコレ・・・
バルドーは言葉を失い、足や腕の震えが止まらなくなっていた。
しかし、そんなバルドーの動揺など戦局は待ってくれない。
「敵襲ー!隊列を組めーい!」
戦場に到着して一刻も経っていないというのに、始まった戦闘。
心の準備どころか体の震えすら止まらないなか、一兵卒として隊列の最前列に立たされる。
心臓の鼓動が早鳴りし、呼吸が上手くできない。
まるで水の中で溺れているような感覚。
狭まる視界には、土煙をあげながらこちらに向かってくる騎馬の集団。
「歩兵、抜刀!魔導士部隊、詠唱開始!」
愛剣を抜き、上段に構える。
いや、本人は構えたつもりだが、得意の上段とは程遠い不格好な構えになっていることに、バルドー自身は気づいていない。
そして、極限状態に緊張の限界を超えたバルドーはパニック状態に陥り、向かってくる騎馬集団に叫び声を上げながら単身で走り出した。
それが切っ掛けで、歩兵の多くがバルドーに続いて走りだす。
おかげで陣形は崩れ、味方は混乱の極みに陥った。
「うわぁぁぁぁ!」
叫びながら単身切り込んだバルドーは、両手で持った愛剣を振り回す。
上段構えも剣技もあったものではない。
ただ闇雲に振り回すだけ。戦いに慣れた北方民族の騎馬部隊に通用するはずもなく、あっさり蹴り飛ばされ、馬にも蹴られ、愛剣はどこかに飛んでいき、頭を強打して、血み泥のなか気を失った。
目を覚ますと、辺りは真っ暗になっていた。
口の中には泥が入り、激しい眩暈と吐き気。
体を起こそうとするが、何かに押さえつけられているのか、起こせない。
なんとか這って抜け出すと、体に乗っていたのは死体だった。
たまらず嘔吐し、ふらつきながら味方の陣に戻ると、残っているのは死体だけで、もぬけの殻。どうやら、陣地を移動したらしい。
もう、帰ろう。
俺は、こんなところで終わる人間じゃない。
バルドーの初陣は、戦闘初日に敵前逃亡で終わった。
その後、王国軍は1週間は耐えたが、総司令官である第二王子の判断で、全軍撤退が決まった。その殿軍は、トーマス率いるグレイス領軍が務めた。
無事に殿として責務を果たしたトーマスは、グレイス領まで撤退すると、休む間もなく王都へ戻り、父のグレイス侯爵と共に登城して、総司令官である第二王子と共に、王の前で敗戦の報告をした。
トーマスは出陣して以来、戦況や収集した情報などを事細かに記録していた。
それを元に、北方民族の戦術、王国軍の布陣や作戦、そして敗戦となった様々な要因を解説し、その中には、ドール伯爵が率いた部隊の陣形崩壊も含まれていた。
その結果、第二王子は敗戦責任として蟄居を命ぜられたが、グレイス侯爵家のトーマスは、領地での謹慎で済まされた。
しかし、敗戦処理はこれだけでは終わらなかった。
敵前逃亡したバルドーが捕縛され、裁判にかけられたが、武家である騎士爵家の人間が陣形崩壊の原因を作った挙句に敵前逃亡した事実は、致命的だった。
さらには、様々な有力貴族の思惑も働き、政治力を持たないナバロン騎士爵家は一族郎党の死罪は免れなかった。
要は、国民の怒りの矛先として、スケープゴートに利用されたのだ。
王都の広場に用意された断頭台で次々に家族が処刑されるなか、目隠しされたまま市民の前に立たされたバルドーの最後の言葉は、「俺は国体にも出たんだ!北辰一刀流で戦えたら、あんな野蛮人どもに負けなかったんだ!」
第一章、完。
本日から、1日1話更新になります。
次回#06は、明日の12時になります。




