#04 三人目の転生者 前編
騎士爵のナバロン家に、長男でバルドーという子息がいた。
ナバロン家は武門の家柄で、代々国王から騎士の爵位を賜るほどの名門武家であり、侯爵家や伯爵家などの名門貴族の子息の剣術指南も受け持っていた。
そんなナバロン家では、長男であるバルドーは幼少期より剣術に槍術、体術に馬術と、あらゆる武術の英才教育を受け、将来を期待されていた。
バルドーは、そのなかで主に剣術でその才能を開花させる。
この世界での剣術でも構えや型という概念はあったが、剣道のように体系的に理論化されたり、流派などはなく、礼儀や作法重視のものだった。常々それに違和感を感じていたバルドーは、我流で模索するなか、両手握りでの上段構えに辿り着き、10歳を超えるころには、同世代では無敵を誇るほどの腕前になっていた。
そして、15歳になった日の早朝。いつものように庭で素振りをしていた。
ずっしりと重い木刀を両手で握り、頭の中をからっぽにしてひたすら振り下ろす。
全身から汗が吹き出し、腕は重く、息も荒い。
肉体的にも精神的にも鍛えるために、限界まで自分を追い込む。
そして、疲労が極限までくると、普段の鍛錬では感じたことのない精神の凪が収まる感覚が見えてくる。
気づいたときには、木刀を握ったまま、地面で仰向けになって倒れていた。
「あれ・・・ここはどこだ?なにをしていたんだっけ?」
バルドーは目を覚ますと、上半身を起こし、周囲を見渡す。
「ああ、庭で素振りをしていたのか」と口に出した瞬間、前世の松田健次郎の記憶が脳内に映し出された。
夏場の道場での鍛錬中、熱中症で意識が朦朧として倒れた時の記憶。
その映像がトリガーとなり、次々と前世の記憶が蘇る。
前世では、小学生時代から剣道を続け、大学生の時には県の代表として国体にも出場し、社会人になってからは、地元の道場で小学生に教えていた。
「そうか、俺は転生者だったんだ。上段で構えたときのしっくりくる感覚は、あのころの構えだったからなのか。北辰一刀流、懐かしい響きだな」
前世の記憶が蘇ったバルドーは、それまで以上に腕を上げたが、自分の剣道こそ最も優れた剣術であると主張し、騎士道にのっとった一般的な剣術を軽視するようになった。
そんなバルドーを周囲の友人や家族は、諫めたり反論しようとしたが、実際にバルドーの剣道は強く、バルドーの主張を裏打ちしていたので、苦笑いしかできなかった。
実際の話、肉体は15歳の少年でも、剣に関しては違う。二つの人生を合わせれば、三十年近い歳月を振り続けてきたことになる。
そしてバルドーの名は、同世代の貴族のあいだにも広まるようになった。
グレイス侯爵家のトーマスも噂を耳にすると興味を持ち、友人でありゾーイ伯爵家の次男であるアベルに、トーマスとの手合わせを段取りするように頼んだ。
バルドーのナバロン家はゾーイ伯爵家の剣術指南を受け持っており、それを知っていたトーマスは、アベルに頼んだといういきさつであった。
手合わせは、ゾーイ伯爵家が取り仕切ることになった。
参加者は、バルドー、トーマス、アベルの三人。
トーマスも幼少期より剣術の鍛錬を続けており、常日頃から体力作りにも精を出していたので、同世代の貴族の中では強かった。しかし、アベルのほうはバルドーやトーマスほど熱心ではなかったので、腕前はたいしたことはなく、トーマスに「たまには君も、腕前を試してみてはどうだ?」と言われ、巻き添えにされただけだった。
そして、手合わせの当日。トーマスの婚約者であるクリスティーナ侯爵令嬢と、今年10歳の実妹であり、アベルとの婚約が内定していたエリカ嬢も見学に来ていた。
そんな上位貴族の子息や子女の面々を見て、バルドーは思う。
どんなに偉そうにしてたって、俺の北辰一刀流の前ではお坊ちゃんのお遊戯。この手合わせで俺の腕前を貴族に見せつけて、こいつらを踏み台にして成り上がってやろう。
バルドーは努力家であったが、強い自尊心と野心も持っていたのだ。
まずは、バルドーとアベルが試合をした。
貴族同士の手合わせのルールにのっとり、刃のない練習用のロングソードで行われる。
バルドーにとっては、普段使う剣とは違うタイプになるが、それでもお得意の上段に構え、アベルを圧倒して降参に追い込んだ。
アベルの剣技は騎士道にのっとったもの。派手な動きも駆け引きもなく、作法を重視しており、バルドーのような研鑽を積んできた者から見れば、お坊ちゃんのお遊戯と思われるのも仕方ないだろう。
次に、バルドーとトーマスの試合となった。
アベルとの試合を終えたあとでも、息を切らすことなく余裕を見せるバルドーに、トーマスは「君は独自の剣術を研鑽していると聞いた。今日はそれが見たい。剣も普段使っている物で相手をしてくれないか」と要求した。
「わかりました。手加減はしますが、多少の傷はご容赦ください」
「大丈夫ですよ。今日の手合わせはこちらからお願いしたものです。その私がケガを恐れていては、礼を失するというもの」
「では、これを使います」
そう言ってバルドーが取り出したのは、普段素振りに使っている木刀。
まだ前世の記憶が蘇るよりも以前に、素振り用に自分で作ったものだが、現代日本の木刀と似ており、製作時には無意識ながらも前世の影響があったのだろう。
木刀を見たトーマスは目を細め、表情が変わった。
しかし、この場にいる人間で、トーマスの変化に気づいたのは、婚約者のクリスティーナ一人だけであった。
試合では、トーマスは善戦した。
バルドーの上段からの重い打ち込みをなんとか受け流しつつ反撃の隙を窺ったが、バルドーの巧みなステップによる変則的な動きに翻弄され、体力も削られ疲労がたまると、右腕に重い一撃を受けてしまった。
それでもトーマスは続ける意思を見せたが、試合を観戦していたクリスティーナの「そこまでです!」との叫びにより、バルドーの勝利で手合わせは終了した。
試合のあと、トーマスは腫れた右腕を抑えながらもバルドーには「面白い剣技だった。貴重な体験をありがとう」とお礼を言い、クリスティーナからは「出しゃばった真似をして、トーマス様の名誉を傷つけたこと、どんな処罰も受けます」と謝罪を受けたが、「つい感情的になってしまったところでしたので、助かりました。君がいなかったら、もっと見苦しい醜態を晒していたでしょう」とにこやかにお礼を述べて、クリスティーナに対して叱責することはなかった。
しかし、有力貴族の嫡男であるトーマスを打ち負かしたバルドーは、「高い鼻をへし折ってやった」と益々自身の剣技に自信を持ち、「この世界では、北辰一刀流こそ最強」という信念を固めた。




