#16 城内探索
クリスティーナ嬢にはブラン家から派遣されている護衛の従者がいるので、シロツグとシャントットには協力して連携を取るように指示し、打ち合わせが済むと城内探索へ出発した。
まず最初に目指したのは、調理場。
昨夜、あれだけ大きなパーティーを執り行ったばかりの翌日なら、まだ大勢のスタッフが後片付けの作業に追われているだろう。どれほどの人数、どのような身分、男女比、衛生管理に食材の保管方法などなど、興味深いことが多く、官民の距離が近いこの城では王都のグレイス邸とはまた違うだろうから、昨日からずっと気になっていた。
しかし、昨日は叔父上に聞こうとしたら「お前が気にすることではない」と窘められてなにも聞きだせなかったので、せっかくだから城内視察のチャンスを使って、自分の目で直接確かめておきたかった。
行先を告げると、シロツグが前触れと安全確認のために先行すると言うので、「仕事の邪魔はしたくないので、私たちが来ても構わずに作業を続けるように伝えてください」とお願いしておいた。
予想通り、調理場では戦場のような忙しさで、多くのスタッフが駆けずり回って怒号が飛び交っていた。
クリスティーナ嬢はその様子を見て、よほど怖かったのか俺の背後に隠れたが、それでも背中越しに黙って様子を観察している。今日の視察は自分が言い出したことだし、本人も社会科見学としての目的を忘れてはいないのだろう。とても良いことだ。
すると、一人の恰幅の良い男性が駆け寄ってきた。どうやら、調理場の責任者のようだ。料理長というより、親方と呼んだほうが似合いそうなタイプだ。
「トーマス様!こんなお見苦しいところをお見せして、申し訳ないです!」
「いえ、こちらこそお忙しいところをお邪魔して、すみません。私もクリスティーナ嬢も、調理場の皆さんが頑張って働いているところを見ておきたかったんです」
「そりゃ、また、ワシらみたいな下働きなんぞに興味を持つなんて」
「いえいえ、なにを言いますか。領主だろうと兵士だろうと文官だろうと、使用人も洗濯係も御者も、お腹がすいては仕事になりません。調理場はこの城を支える最も重要な仕事をしているのですよ。下働きなどと言わずに誇りを持ってください」
「え!?あ、いや、その・・・こんなこと言うお貴族様なんて、今までいなかったですよ・・・なんて言っていいのか・・・おい!みんな聞いてくれ!トーマス様が、この調理場が城を支えているんだって仰ってくれたぞ!気合い入れて、トーマス様にいいところ見せろ!」
「おぉ!」
このあと、スタッフの人数、調理係や洗い場などの人員構成や男女比、メニューの決め方、ねずみなどの対策に衛生管理、食材の選定や仕入れルートなど、親方を質問攻めにしていると、強張った表情だったクリスティーナ嬢も現場の空気に慣れたのか目を輝かせ始めたので、最後になにか聞いておきたいことはないかと訊ねた。
「昨夜のような夜会で、300人分の料理をどのようにして冷めないように準備されていたのでしょうか?」
「あれはですね、大鍋を幾つも並べて調理して、20人で同時に盛り付けていたんですよ。それで盛り付けたものからどんどん給仕に運ばせるんです」
「こぼしたり、ころんでしまったりしないのですか?」
「そこはワシらも慣れたもんですから」
「そうですか。皆さま、プロフェッショナルなのですね」
「プロフェッショナル・・・いったい今日はどうなってるんですか・・・お貴族様のご令嬢にまでこんなに褒められて・・・」
最後に、「昨夜のスープも煮物も焼き魚も、大変美味しかったです。これからも美味しい料理を楽しみにしていますので、頑張ってください」と激励の言葉を伝え、調理場を後にした。
次は洗濯場へ行き、同じように観察と質問攻めをしていると、世話係が「お昼のお時間ですので、一度お戻りください」と呼びに来たので、いったん戻って昼食をとることにした。
昼食はクリスティーナ嬢も一緒とのことだったので、用意された部屋で食事と休憩をとることにした。ちなみに、シロツグとシャントット、クリスティーナ嬢の護衛は、交代で食事をとるそうだ。
「王都の邸宅では見ることができない光景だったと思いますが、どうでしたか?」
「実際に見学させていただいて、トーマス様が調理場と洗濯場をお選びになった理由が分かりました」
「ほう。どのような理由だと思いましたか?」
「日ごろ、わたしどもが食べているお食事や休むためのベッドのシーツは、誰かの手によって作られ、洗濯していただいているから、快適な生活ができていることを学ぶためだと思いました」
「なるほど。そこに気づけたのは流石です。ですが、もう一つ、深い理由があります」
「深い理由ですか?なんでしょうか・・・」
「現場を知ることです。調理場や洗濯場に限らず、なにか指示や命令を出したり、問題が発生した際に解決策や改善案を考える場合、現場を知らなければ空論になってしまいます。よく、トップの人間が思い付きで命令を出すことがありますが、あれは現場の人間にとっては混乱を招くだけで、パフォーマンスの低下になってしまうのです。だから私たちは、現場を知り、多くの情報を抑えておくことが大切なのです」
「それで、先ほどのように多くの質問をされていたのですか。次からは、わたくしも多く質問ができるように、精進いたします」
「まだ初日です。見ているだけでも得られるものは多いですから、無理をなさらなくても大丈夫ですよ」
「いえ。わたくしはトーマス様の婚約者なのです。家臣や領民にトーマス様には相応しくない愚鈍な婚約者だと思われては、トーマス様の名誉を傷つけてしまいます」
「それだけは絶対にありませんから、その心配は無用ですよ」
どうやら、やる気スイッチを押してしまったようだ。初日から無理をさせるべきでは無かったか。
それにしてもこの会話、周りから見たら8歳の男児と7歳の女児の会話なんだよな。王都でも、学習目的での意見交換や質疑応答などこんなふうによくやっていたが、俺たちの普通は周りにとっては普通じゃないんだよな。ほら、シャントットがドン引きしてるもん。
「それよりも、移動が多かったですし見学中もずっと立ったままでしたから、お疲れになっていませんか?」
「大丈夫です」
クリスティーナ嬢の性格なら、弱音を吐かないだろうな。
でも、午前中だけで3刻は立ちっぱなしなんだよな。健康のために日頃から運動をしている俺はまだ平気だが、生粋の侯爵令嬢では体力的にきついだろうな。
せめてドレスじゃなくて俺のように軽装になれたら良いのだが、許嫁とはいえ他家の令嬢に勝手に軍服や軽装を着せては、政治問題になってしまう。
「従者さんとシャントットにお願いなんですが、クリスティーナ嬢がお疲れだと判断した場合は、すぐに私に教えてください。私も気を付けるようにしますが、視察中はつい夢中になってしまうので、気を配ってもらえると助かります」
「了解しました」
「ハッ!」
「では、午後はどこを視察しましょうか。クリスティーナ嬢のご希望はありますか?」
「わたくしの希望ですか・・・馬はいかがでしょうか?厩舎に興味がございます」
「なるほど。この城にとって馬は、移動、運搬、連絡、そして軍の主力と、重要な機関部であり、厩舎もこの城を支える大切な現場ですね。って、そうだ。クリスティーナ嬢は乗馬服をお持ちですよね?」
クリスティーナ嬢の世話係に確認すると、今回のグレイス領への旅用に持ってきているとのこと。乗馬服とブーツなら、軍服ほどではないが今の装いよりも動きやすいし、階段などの移動でも安全だろう。
そして、厩舎に行くのだから違和感は全くなく、誰にも咎められない。
もちろん、勝手に馬に乗せれば問題になるだろうが、実際に乗るわけではないし、厩舎に視察に行くから服装をそれっぽく合わせただけと言えば、誰も文句は言うまい。
世話係との会話を聞いて俺の意図を察したのか、クリスティーナ嬢は「では、着替えてまいりますね」と言って、世話係を伴って退出した。




