#13 舞台裏の喧騒
クリスティーナ嬢の正式なお披露目であるパーティーは、二日目の夕方に予定されていた。
出席者は家臣だけでなく、各エリアの代官、商工会の代表、大地主、大手商会、鍛冶ギルドの代表、地方の村長や長老、名のある学者や魔導士などなど、グレイス領に縁のある有力者や有名人などが招待されており、300名を超えるそうだ。
コーデン叔父上が教えてくれた話では、グレイス領にとって、これほどの数の要人が一堂に会するのは10年ぶりで、父上と母上の結婚式以来らしい。
そのため、テロや襲撃などに備えての警備も非常に厳重で、俺もクリスティーナ嬢も城内を歩き回ることはできないほどだった。
ちなみに、俺は朝から登城してくるゲストの挨拶を受けるお役目があって、そもそも散歩なんてする余裕はなかったし、クリスティーナ嬢も警備上の理由から、客室から出ないように制限されていたらしい。
個人的には、警備よりも300名を超える人数の料理を、この城内でどのように準備しているのかが気になったのだが、叔父上に質問したら「トーマスが気にすることではない」と言われてしまい、それ以上は聞けなかった。残念。
途切れないゲストの挨拶対応に追われて昼食抜きのままだったが、午後の5の刻にパーティーが始まるので、着替えや休憩などのために、ようやく3の刻になって挨拶対応のお役目から解放された。
自室に戻ると、昼食用だと思われる軽食が用意されており、腹の虫が鳴ってつらかったが、いま食べてしまうとパーティーで食べられなくなると思い、手を付けずに我慢した。
あとで知ったのだが、本当は逆で、パーティーでは食べられないことを想定しての軽食だったらしい。
「まだパーティーが始まってもいないのに、疲れたなぁ」とイスに腰掛けてぼぉーとしていると、世話係に「坊ちゃま、支度を始めます!」と急かされ、「座っているので、勝手にやっちゃってください」とお願いした。
こんなにダラけた姿を見せるのは、貴族としてよろしくないのは分かっているが、三日間の移動疲れが癒えぬまま、朝からゲスト対応でヘトヘトなんだよ。いくら若い体とはいえ、所詮は子供の体力なのだから。
服を脱がされ、濡らした布で全身をくまなく拭き取られると、下着、シャツ、ベスト、礼服と着せられ、髪型も整えられる。
不意に、娘の真紀の結婚式を思い出した。あの時もこんなふうにおめかしして、式と披露宴に出たな。でも今は、披露宴というよりも七五三か。
自分の結婚式?そんなの、遠い昔すぎて忘れたわ。
身支度が終わると、世話係に「少し仮眠を取りますので、4の刻の鐘が鳴ったら起こしてください」と頼み、イスに座ったまま腕組みして目を閉じると、あっという間に寝てしまった。
起こされると、ちょうど4の刻を知らせる鐘の音が聞こえる。15分ほどは眠れただろうか。それでも疲労感が少しはマシになっていた。こういう時、若い体のありがたみを感じる。
パーティー開始まで1刻を切ったためか、廊下を多くのスタッフが行き交うのが聞こえてくる。世話係も忙しなく部屋を出たり入ったりしており、邪魔をしないように大人しく座って待っていると、父上の秘書官がやってきて、今日のパーティーでのプログラムや段取りの説明を受ける。
そして、説明が終わると衛兵に案内されて控室へ移動。そこでクリスティーナ嬢と合流した。
今夜の彼女は、白いドレスで髪をアップにまとめ、薄っすらとお化粧もしているようで、かなり雰囲気が違う。普段ウチに来て勉強するときも、今回の三日間の移動でもメイクはしていなかったので、新鮮な感じがする。とはいえ7歳の女の子だからな、まさしく七五三だ。
「移動の疲れは大丈夫ですか?」
「はい。今日はゆっくりお休みできましたので、疲れてはおりません。トーマス様こそお忙しいのに、大丈夫ですか?」
見た感じでは顔色はいいし、本当に大丈夫そうで安心した。
「先ほど、少しだけ仮眠を取りましたので、もう大丈夫ですよ」
クリスティーナ嬢と雑談を続けていると、コーデン夫妻もやって来たので、夫人に挨拶を済ませ、叔父上に「パーティーの準備、ご苦労さまです。これだけ多くのゲストを招いてのパーティーですと、スタッフの皆さんも大変ですね」と声をかけると、「お前が気にすることではない」と、また注意されてしまった。
「トーマスは、どうも細かいことを気にするところがあるな。もっと堂々としていなさい」
「はい。気を付けます」
周りが忙しなく働いていると、自分だけじっとしているのが申し訳なく感じてしまうのは、サラリーマンの性分なのだろう。
でも実際の話、今回のパーティーの準備は相当大変だったと思う。招待客の選出と招待状の発送があって、料理のメニューを決めて、食材の仕入れだって300人分となると物凄い量だし、会場の設営や城内の警備計画と、何カ月も前から準備をしていたに違いない。なにせ、グレイス家にとっては10年ぶりの大イベントだからな。
父上もやって来ると、秘書官から入場の段取りの説明があり、ついに入場となった。
まずは父上とコーデン夫妻が入場し、会場からは拍手が聞こえてくる。
そして、コーデン叔父上から「それでは、トーマス・グレイスとクリスティーナ・ブランの二人をご紹介します」と紹介があり、クリスティーナ嬢をエスコートして入場。
起立したままの家臣やゲストの拍手で迎えられ、ゆっくりと歩く。
これは厳かな気持ちになるな。
事前に教えられていた二人の席の前まで来ると、タイミングを合わせて二人でお辞儀する。
黒服の給仕がイスを引いたので着席すると、家臣やゲストも一斉に着席。
そして、父上だけが壇上に上がると、挨拶が始まった。
「親愛なる友、そして領民の皆さん。本日は、我が息子トーマス・グレイス、そしてクリスティーナ・ブランの婚約を祝うために集まってくれたこと、心から感謝する。今日のこの日を迎えることができたのも―――」
父上の話、長そうだな。会社で年始の仕事始めで挨拶する社長を思い出すな。ああいうのって、話すほうは「今年はどんなネタを話そうか」って考えるのが大変なんだろうけど、社員のほとんどは、よそ事を考えていて聞き流しているんだよな。
と、よそ事を考えて油断していたら、いきなり名前を呼ばれて、ビクッとした。
「ここで、息子トーマス・グレイスから、一言挨拶があります」
え!?挨拶するなんて聞いていないぞ!?
しかし、父上は壇上から俺に向って「こっちにこい!」と手招きしている。
マジか・・・なにも考えていないぞ。
動揺を見せないように表情だけは取り繕って壇上にあがり、父上の横に立って、ホールを見渡した。
家臣もゲストも兵士も、みんなが俺を見ていた。
うわぁ、真紀の披露宴もこんな感じだったな。あの時はカンペを用意したけど、今日はなにも用意なんてしてないぞ。どうするんだ、これ。
気持ちが焦るなか、最前列に座るクリスティーナ嬢と目が合った。
いつものようにお澄ましした、完璧な侯爵令嬢の表情で俺を見つめている。
俺は、あのパーフェクト侯爵令嬢の婚約者なんだよな。
ここで怖気づいている場合じゃないな。
俺だって、貴族のはしくれ。社会の荒波にもまれた記憶だってある。
腹が決まると、まっすぐ正面へ視線を向けて、話を始めた。




