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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第二章 スタートライン
11/12

#11 正式契約と2年の功績


 2年が経過して7歳になるころには、クリスティーナ嬢は割り算や掛け算、百分率なども学び、算術に関しては近代日本の小学生高学年並みの学力になっていた。

 特に目を見張ったのが、知識だけでなく計算の正確さ。俺が計算ミスなどをして、度々彼女に指摘されることがあるのだ。

 計算ミスが多い俺もアレだが、近代日本の50代の記憶では、社会人として仕事をするなかで計算ミスや誤字などは誰にでもあること。よく部下に「部長、ここ計算違います」と指摘されたものだ。むしろ、ミスをしている前提でチェックして訂正するのが普通だろう。そういう意味では、彼女の正確性と数字に強い能力は、秀でた才能だと感じていた。


 算術以外にも、哲学や政治学、宗教や音楽などを一緒に学習していたが、中でも天文学が好きなようだ。しかし、よく質問されるのだが専門外の俺には分からないことも多く、答えられずに困ることばかりだった。

 この世界での天文学とは、星の位置で季節や暦を計測する法則性の解明がメインの学術。だが、50代の俺は、オリオン座やみずがめ座などの星座が多少は見分けがつく程度の知識しか持っていなかった。しかも、一人で夜空を見上げて探してみたが、それらしい星座は見つけられなかったし、なにより驚いたのが、月が存在しなのだ。

 つまり、ここは記憶の中の地球とは別の星の可能性が高く、天文や宇宙などに関する俺の素人知識は、この世界では全く役に立たないと言える。


 ちなみに、家庭教師の授業に関して最初は見学という扱いだったが、今ではどの授業でも普通に俺と席を並べて一緒に授業を受けていた。クリスティーナ嬢は理解力が高く物覚えも非常に優秀なので、家庭教師陣も教え甲斐があったのだろう。どの先生も積極的に教えてくれていたので、俺としても助かっていた。


 そして、勉強以外にも変化があった。

 俺が8歳でクリスティーナ嬢が7歳になったということで、グレイス家とブラン家で正式に婚約の契約書が交わされ、公の場でも婚約者として共に行動する機会が増えていた。

 ほとんどは日中のお茶会ばかりだったが、それでも俺たち二人の婚約は社交界では広く知られ、どこへ行っても「ご婚約、おめでとうございます。これで両家とも、安泰ですな」などとよく言われたものだ。


 そのような中で、俺たち二人にとっては大きなイベントが決まった。

 グレイス領にて、家臣団や領民への婚約者お披露目だ。つまり、クリスティーナ嬢を伴っての旅行である。

 もちろん、お役目として行くので遊びではないが、見分を広めることは大きな知的財産となる。俺は、これまでに一度だけ領地への帰還をしているので多少は知っているが、彼女にとっては初めての土地だから、吸収できるものが大いにあるだろう。


 本人も、「王都から出るのは初めてですので緊張しますが、それ以上に楽しみです」と、扇で口元を隠しながら話してくれた。

 普段は貴族令嬢らしく言動が控えめな子供なのに、こんなことを言い出すだけでも相当楽しみにしているのが分かった。扇で口元を隠す仕草も、本音を見せるときのクセのようだし、5歳からの付き合いで、俺にもその程度は彼女の心情を読み取れるようにはなったということだな。


 そして、その都合なのか、政治学の授業では、グレイス領に関する地理や風土、歴史や産業などの講義が行われた。

 前回帰還したのは4歳の時だったから、ここまで具体的で詳しい講義を受けることはなかったが、今回は有益な講義を受けることができた。それに、50代の日本人の記憶が出現する前の4歳当時では、講義を聞いても恐らく理解はむつかしかっただろう。


 もう一つ、今回は長距離を移動するということで、クリスティーナ嬢には距離や速度の概念も教えた。

 トランベル王国の距離の単位はライドで、1ライド=1歩の歩幅である。だいたい50~60センチくらいだろうか。センチやミリに相当する単位は確認できなかったので、あるとしたら製造や服飾関連の職人界隈くらいか。貴族として距離や面積の概念が必要なのは、税収関係の検地や戦争などでの移動や戦術などで、規模が大きいものばかりだからセンチやミリは知らなくても困らないのだろう。

 ただし、クリスティーナ嬢は生粋の侯爵令嬢で大股で歩くような真似は絶対にしないので、歩幅=ライドと説明すると20センチくらいになりかねない。そこだけは誤解がないように気を付けた。


「トーマス様?」


「あ、すみません。考え事をしていました。距離と刻の関係の話でしたっけ?」


 いかんいかん。どうも脳内の50代の性格なのか、細かくて説明臭くなってしまう。今はクリスティーナ嬢との個別授業なのだから集中せねば。


「はい。距離と刻の関係から生まれる速度という考えのお話でした」


「了解しました。例えばですよ?王都からグレイス領を目指して、クリスティーナ様を乗せた馬車、私が騎乗する馬、そして、徒歩で向かう世話係の使用人の3種類の移動手段があります。それぞれが進む様子を頭に浮かべられますか?」


「はい。浮かべました」


「どの方法が一番速いですか?」


「トーマス様の馬が一番速いです」


「お次は?」


「わたくしが乗る馬車でしょうか」


「最後に、徒歩の世話係ですか?」


「そうです」


「では、話を進めます。一番速かった私はグレイス領の城に1日で到着しました。クリスティーナ様の馬車は二日かかりました。徒歩の世話係の使用人は四日もかかりました。この違いが速度という概念です」


「なるほど・・・見ただけの速さだけではなく、『同一の距離をどれほどの刻で到着できた』ということでしょうか?」


「その通りです。そして、その概念は『同じ刻で、どれほどの距離を進むことができたか』とも変換できます。ご理解できますか?」


「はい。馬と馬車と徒歩は速度が異なり、一刻のあいだに進めた結果に差がでるということですね」


「その理解で完璧です。では、我々貴族の営みに、速度の概念がどのように重要なのかを考えてみましょうか。まずは、この度のグレイス領への視察の場合ですが、出発から到着までの日程が三日と決まっています。三日となりますと、最低でも途中で二晩は宿泊が必要になります。三日間を60刻とした場合、一晩の宿泊は7刻程度。それが二晩なら14刻。全体の60刻から宿泊時間の14刻を引きますと、残りは46刻。つまり、馬車で移動できる実質時間は46刻程度となります。ここまではご理解できましたか?」


「はい。三日間で移動可能な時間が46刻で、3で割りまして、一日あたりですと15刻余りということになります」


「その通り。つまり、それを踏まえて馬の速度や休息のタイミングを調整する必要があるのです。あと他にも私たち貴族に必要な場面としては、連絡などの早馬や戦争などでの行軍でしょうか」


「お父様が王城への登城する際に、他家と被らないようにと執事が御者へ細かく指示しているのを見たことがあります。あれも速度に関する指示だったのではないでしょうか」


「確かに、そうかもしれませんね」


 ちなみに、この会話は政治学の授業が終わったあと、そのまま二人で勉強を続けていたのだが、使用人や家庭教師は誰も邪魔や非難などはせず、俺たち二人の学習風景をニコニコと眺めているだけだ。

 要は、今やこのグレイス家館内では、クリスティーナ嬢に俺が様々な学術を教えていても、誰も違和感を抱くことなく馴染んでしまっているのだ。

 女性への教育格差が大きいこの世界で、ある意味、この2年間の最大の功績は、そこかもしれない。

 母上や大半の使用人たちは、俺が彼女の前でインテリムーブでもかまして格好をつけていると思い込んでいるようだが、本来の目的を思えばそんな誤解は些細なことだろう。



 第二章、完。 





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