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異世界転生者は黒船になりうるか。  作者: バネ屋
第一章 転生者たちの現実
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#01 一人目の転生者


 侯爵グレイス家に、次男であるヤリスという子息がいた。

 名家グレイス家は最大派閥に属し、政界でも重要なポストを担う家柄でもあったので、次男といえども、幼少より貴族としての英才教育を受け、伝統と名誉を重んじる貴族の一員として、将来を期待されていた。


 しかし、12歳になった日に、突然「前世のことを思い出した。俺は日本人、杉田正則の生まれ変わりだ」と言い出した。

 その言葉を最初に聞いた使用人は、すぐに婦人(ヤリスの母)に報告し、グレイス侯爵と婦人は、その日のうちにヤリス本人と面談して聴取することになった。


「俺は前世じゃ37歳まで引きこもってたけどな、異世界に転生とかラノベで散々読んでたけど、まさか自分も貴族の息子に転生なんて、超ラッキ~」


「お前はなにを言っているのだ?」


「なにをって、決まってるだろ?時代遅れのこの世界だったら、俺の知識で無双できるんだぜ!」


「ヤリスよ、気でも触れたのか?」


「俺はまともだっつーの!散々作法とか礼儀とか、つまんないことばっか勉強させやがって!現代知識で最強の俺には、そんなもの必要ないっつーの!」


 ヤリスの戯言を聞いたグレイス侯爵は、それまでの家庭教師を解雇し、新たな家庭教師をつけてヤリスの妄想を矯正しようと再教育を試みたが、ヤリスは妄言を吐くことをやめず、それどころか、これまで教育してきた貴族としての価値観、礼儀作法、所作など無視した振る舞いが続いた。


 このことはグレイス家では重大な問題だと認識され、ヤリスが12歳を迎えた日から一月たったある日の夜半、グレイス侯爵と執事、そして、すでに成人していた15歳の長男トーマスの三人で、今後の対応策が話し合われた。


「あやつのことは絶対に外に漏れぬように、家人に徹底させるのだ。このような失態、もし他家に知れるようなことがあれば、グレイス家の未来はないと思え」


「承知しました。では、ヤリス様はどのような処遇に?」


「あやつは勘当だ。グレイス家の血統を名乗らせることを許さず、国外追放としたいところだが、どこに目があるのか分からぬ現状だと、領内の寺院で幽閉が一番妥当であろう」


「畏まりました。すぐに手はずを整えます」


「よろしく頼む。トーマス、そなたはあやつのようにならぬように、弁えるのだぞ?」


「はい、承知しております。家名を汚さぬよう、グレイス家の名誉を守ることを第一に、日々精進いたすよう、肝に銘じます」


「うむ。トーマスはしっかりしているというのに、なぜあやつは、あのような知れ者に・・・」


 その日の深夜。ヤリスは人の気配を感じて目を覚ますと、ベッドの脇には人影があった。

 そこには、グレイス侯爵から命を受けた執事と、使用人4名が控えていた。


「起きましたか?ヤリス様」


「うお!?びっくりしたなもう!なんで人の部屋に勝手に入ってるんだよ!」


「旦那様より言伝を預かっておりますので、伝えに参りました」


「は?おやじが?あ、まさか!俺の現代知識の力が必要だって、ようやくわかってくれたのか?むふふ。やっぱ、人生逆転するなら転生だよな!勝ち組確定間違いないじゃん!」


「なにを仰っているのかわかりませんが、旦那様からは、グレイス家からの勘当と、モスコ寺院への転居の言伝を預かっております」


「はぁ?なに言ってんの?現代知識を持ってる俺を勘当?ふざけてんのか?」


「いいえ、このような時に戯言など申しません。旦那様の言伝を伝えたこの瞬間から、あなたはグレイス家のご子息ではなく、貴族としての権利も義務も持たない、ただの個人となりました」


「ちょ、ちょっと待て!冗談だろ?」


「いえ、冗談などでこのようなことは申しません。ただの個人であるあなたは、私の仕えるグレイス家の人間ではございません。戯言に付き合う時間などありませんので、早く着替えてください」


「ヤダね!なんでお前らの言うことなんて聞かなくちゃいけないんだよ!俺は転生者なんだぞ!貴族よりもずっと賢くて偉いんだぞ!」


「はぁ、なにを言ってもダメのようですね。最後の慈悲で、自発的に出立することを期待しましたが、やはり時間の無駄だったようです。では手はず通り、遠慮なくやってください」


 勘当されたヤリスには、貴族の財産である服など、何一つ持ち出すことは許されない。

 控えていた使用人たちに向かって執事が指示すると、使用人たちは4人がかりでヤリスを押さえつけて着ていた服をはぎ取り、猿轡をして、文字通り丸裸のまま部屋から連れ出した。


 部屋の前では、長男であるトーマスが立っていた。

 ヤリスは兄に向って必死になにかを訴えようとしたが、猿轡をされていてはなにも伝えられない。しかし、もし猿轡をされていなくても、結果は変わらなかっただろう。

 なぜなら、連れ出されるヤリスを見てもトーマスは目を細めるだけで、冷めたものだったから。


 使用人たちが使う裏口から外に連れ出されたヤリスは、丸裸のまま下男に引き渡された。

 下男はヤリスの両手と両足を縛ると、用意してあった馬車の荷台に放り投げ、上からホロを被せた。


 馬車は、貴族が使うような豪勢な装飾など施されたものではなく、イスもクッションも無く、激しく揺れるなか一刻も乗っていると乗り物酔いで、目が回りそうなほどの乗り心地だった。

 しかし、ヤリスは猿轡に両手両足が縛られている。気持ち悪くて吐きそうだと訴えたくても、それは叶わない。もちろん、尿意だって。


 朝になり、陽が昇り始めるころには、馬車の荷台からは異臭が漂っていた。

 下男は、グレイス家から今回のヤリス運搬に関して、法外な報酬を約束されていた。グレイス家にとっては、貴族社会での致命傷になりかねない問題であり、大金を積んででも処理する必要があったので、当然のことだった。

 そして、下男は前金だけでなく、移動中のヤリスの食事や世話代も受け取っていた。

 とは言っても、すでにグレイス家を勘当された身なので、庶民レベルの最低限度の旅費だったが。

 しかし、この下男は、その最低限度の旅費すら着服していた。

 ヤリスは、家畜以下の扱いで、食料も満足に与えられずに、猿轡に両手両足が拘束されたまま、丸一日糞尿を垂れ流し続け、ようやくモスコ寺院へ到着し、汚物まみれのまま引き渡された。


 その後、ヤリスの動向は定期的にグレイス侯爵に報告されたが、侯爵はそれらの書簡の内容を確認すると、その場で暖炉にくべた。グレイス家にとっては門外には絶対に漏らすことは許されない存在である。ヤリスにかかわる情報は書簡1つでも残すことなく、徹底的に抹消された。


 ヤリスを運んだ下男も、報酬を受け取った三日後には、夜盗に襲われたのか、身ぐるみはがされた姿で死んでいるのが発見された。実際には口封じのために偽装された暗殺だったが、その事実を知るのは、グレイス侯爵と執事の二人だけであった。


 そしてヤリスも、許されることも貴族位に戻ることもなく、成人を迎える前に流行り病で亡くなった。


 モスコ寺院でも、「俺は転生者だ!」との主張を続けたヤリスだが、最後に語った一言は、「カップラーメンが食べたい・・・」だった。

 しかし、誰一人、その意味を理解できるものはいなかった。





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