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ダンジョンリノベーション 〜無能と蔑まれ追放された最強保全士、奈落の底で極上の家を造り、魔物たちと快適スローライフを始める〜  作者: 早野 茂
終章:リノベーション

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第47話:最後の修理:道具箱の恩を返して

厚い革に染み込んだ古い油の匂いが静かな執務室に漂っている。

地下迷宮都市の心臓部に位置する管理室。

窓の向こうには、かつての陰惨な魔物の巣窟とは似ても似つかない、柔らかな魔力光に照らされた清潔な市街地が広がっている。

リアンは机の上に置かれた使い込まれた革の道具箱に向き合っていた。

表面には無数の引っかき傷が走り、角の革はすり減って丸みを帯びている。

新しいものに買い替えるだけの資金はとうに持ち合わせているが、リアンは定期的に蜜蝋を塗り込み、縫い目の糸に緩みがないかを確認し、使い続けている。

指先に取った少量の蜜蝋を革の表面に円を描くように擦り込む。

布を当てて力を込めて磨き上げると乾燥して白っぽくなっていた表面に鈍い光沢が戻ってくる。


その道具箱は数年前、ゼクスから『俺の命(剣)を預けるんだ。いい道具を使え』と、照れ隠しに押し付けるかのように渡されたものだった。

動機が純粋な信頼だったのか、あるいはただの虚栄心だったのか。

今のリアンにはどちらでもよかった。

この頑丈な革の箱のおかげでリアンは劣悪な環境のダンジョン内でも工具を湿気や衝撃から守り、常に万全の状態で保全作業を行うことができた。

湿気で刃が鈍ればその日の作業は失敗する。

作業が失敗すれば誰かが死ぬ。

動機がどうであれ、インフラ保全士にとって「実用的な道具を維持できること」は、命を救われるのと同じだった。

リアンはそれをひとつの確かな恩として記憶の底に留めていた。


布を動かす手を止めリアンは机の片隅に置かれた数枚の羊皮紙に目を落とした。

隣国との国境近くにある、名もなき寒村の村長から送られてきた定期報告書だ。

羊皮紙には事務的な文字で箇条書きの報告が並んでいる。


・対象者の住居の木材継ぎ目、指定の寸法通りに維持。隙間風の侵入なし。

・対象者に貸与した農具(鍬・鎌)の重心および柄の湾曲率、対象者の骨格に合わせて微調整済み。

・弱った胃への負担を考慮した食事(適温の麦粥)の提供、終了。現在は通常の食事に移行。


かつて王国を追放され魔力を封じられたゼクスが漂着した村。

あの村長も村の環境も、ただの偶然ではなかった。

ゼクスが国境の外へ押し出されると決まった日、リアンは密かに手回しをしていた。

迷宮都市の資金とリアンが懇意にしている職人たちのネットワークを使い、あの寒村のインフラを水面下で整備したのだ。

倒壊寸前だった古い空き家の木材を組み直し、風や寒さを完全に遮断する構造に変えた。

村長に資金を渡し、ゼクスが餓死しないための最低限の食事の温度と消化への配慮を指示した。

そして彼が使うことになる農具は、あらかじめ職人に打たせ、ゼクスが力任せに振るっても手首に反発が来ないように重心を計算し尽くしたものを「村の古い備品」として手渡させた。


リアンはゼクスに同情したわけではない。

「可哀想だから助けよう」という感傷も、「改心してほしい」という押し付けがましい期待もなかった。

ただインフラ保全士として、一つの仮説を実証したかっただけだ。

虚栄心にまみれ他者の視線だけで自分を保ち、結果として自壊した人間。

その精神のノイズを取り除くには、言葉による説教も劇的な魔法も不要である。

過酷に見えて、実際には一切の理不尽な反発がない「完全に構造化された物理的環境」の中に身を置かせれば人間は自ずと環境に形を合わせ、機能を取り戻すのではないか。

あの村はリアンが設計した「人間をリノベーションするためのインフラ」だった。


羊皮紙の二枚目をめくる。

最新の報告事項の欄に村長の少し癖のある筆跡で短い一文が記されていた。


・対象者が自ら鎌の刃を研磨。刃先は欠けがなく、なめらかに整っている。


リアンの視線が、その一文の上で止まった。

道具の不具合を他人のせいにし、思い通りにならないと怒鳴り散らしていた男が、物理法則を受け入れ、自らの手で刃を寝かせ、石と鋼を噛み合わせた。

構造に従うことの快さを知り、道具に自分を合わせたのだ。

その事実だけが羊皮紙の上に乾いたインクの染みとして存在している。

そこにはドラマチックな涙も、過去への反省の言葉も書かれていない。

ただ物理的な動作の結果が記録されているだけだ。

だがリアンにとって、それが最も確かな「修理完了」のサインだった。


「……」

リアンは報告書をきれいに重ね、革表紙のファイルに挟み込んで紐で綴じた。

これでこの書類が彼の机の上に届くことはもうない。

村への資金援助と職人の派遣もこの報告をもって終了するよう手配済みだ。

ここから先、あの環境を維持するのは見えない誰かの手ではない。

その土地で両足をつけて立つ、ゼクス自身の仕事になる。


リアンは再び蜜蝋のついた布を手に取り、革の道具箱の金具の周りを丁寧に拭き上げた。

真鍮の留め具には、あの夜に蹴り飛ばされた歪みが、今も残っている。

だが噛み合わせだけは丁寧に調整されており、リアンが角度を合わせて蓋を閉めると、一瞬、古い金具が小さく引っかかった。

それから、カチリ、と乾いた金属音が執務室に響いた。


「あの時のこの道具箱の借り、これでチャラだ」


リアンは誰に聞かせるでもなく、ただの作業の完了報告のように短く呟いた。

窓の外では地下迷宮都市の住人たちがフラットに整備された石畳の上を足早に行き交っている。

荷車を引く車輪の音が、等間隔で心地よく窓をすり抜けてくる。

リアンは道具箱を机の定位置に戻し、その横に広げられていた新しい市街地区画の設計図へと視線を移した。


「……道具は手放すなよ。元勇者様」


声に熱はない。

見下すような響きも過剰な温かさもなかった。

ただひとつの修繕作業が終わっただけだ。

リアンは真新しい羽ペンを手に取り、インク瓶に浸した。

設計図の空白部分に定規を当て、新たな水路の線を一本、紙の摩擦を感じながらまっすぐに引く。

彼の意識はすでに過去の負債ではなく、これから作り上げるべき未来の構造へと向かっていた。


リアンの「最後の修理」。

かつて受け取った道具箱への恩を彼はインフラという形で返しました。

復讐でも慈悲でもない職人としての誠実な「貸し借りの清算」です。

いよいよ次話で最終回となります。

リアンたちの物語の結末を、ぜひ最後まで見届けてください。

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― 新着の感想 ―
さて、さて、最後はどうなるのかな? もう、終わってしまうのね〜
ヤダ〜〜〜、リアンってば〜〜〜〜 隙間風のない家で、ん?、辺境の村なのに?とも思ったが、ゼクスに使いやすい道具を貸す村長だからかな!とか、思ってしまったよ その道具も、ゼクスにカスタマイズした物を渡す…
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