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ダンジョンリノベーション 〜無能と蔑まれ追放された最強保全士、奈落の底で極上の家を造り、魔物たちと快適スローライフを始める〜  作者: 早野 茂
第3章:錆びついた勇者と輝く廃材

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第27話:勇者の凋落:錆びついた聖剣と荒れた肌

重く、湿った空気が迷宮の底に澱んでいた。


そこは陽の光など届くはずもない、すり鉢状になった地下の窪地だった。

かつての野営地は常に平坦で石が乾いていたが、今の足場は底なし沼のように重く、踏み出したブーツの跡は一瞬で黒い泥水に埋まっていく。

風が動かない。

水はけが極端に悪く、足を踏み出すたびに泥が靴底の溝を埋め、次の一歩が重く剥がれない。

むせ返るようなヘドロの臭い。

迷宮特有の酸っぱい瘴気が鼻腔を絶え間なく刺激し、息を吸うたび喉の奥にねっとりとした酸っぱさが貼りつく。

自然と次の呼吸が浅くなる。

頭上のひび割れた岩盤からは絶え間なく結露した水滴がポタポタと落ちてきて彼らの体温を容赦なく奪っていく。


「……クソッ、なんだってこんな場所に」


勇者ゼクスは泥にまみれた冷たい岩に腰掛けながら、苛立ちに任せて湿った地面を蹴りつけた。

足元に転がっていた、かつて使われていた空の香草袋が泥水に深く沈む。

跳ね上がった泥水が彼の擦り切れた安物の革ブーツを汚すが、彼はそれを拭おうともしなかった。

彼の首元には、かつて誇らしげに輝いていた王家の認証札はない。

乱暴に割られた木札の残骸と、黒ずんだ麻紐だけが虚しくぶら下がっている。国宝級のミスリル装備を没収された彼が身につけているのは、継ぎ接ぎだらけのくすんだ鋼鉄の防具だった。


「もう、最悪……!なんでこんな底なし沼みたいな場所で休まないといけないのよ!」

ゼクスの背後で魔法使いのエルナがヒステリックな声を上げた。

彼女がかつて誇りにしていた純白の高級ローブは没収され、今は粗末な灰色のローブを身にまとっている。

それすらも泥と黒いカビの斑点に覆われ、水分をたっぷりと吸い込んで鉛のように重くなっていた。

かつて王都で称賛を浴びた艶やかな金髪は脂と埃で束になり、ひどい悪臭を放っていた。


「文句を言うな、エルナ。ここしか野営できそうな平地がなかったんだ。俺だって不快なんだよ」

ゼクスが血走った目で睨み返すがエルナは苛立ちを隠そうともしない。

「あなたのオーラで虫を弾き返せるんじゃなかったの!?昨日からずっと刺されっぱなしじゃない!早く休みたいのに、結界もないなんて……っ」


エルナは無数の虫刺されで赤黒く腫れ上がった自分の腕を掻きむしりながら、湿った地面にしゃがみ込んだ。

掻きむしった爪の隙間には黒いカビと泥が入り込み、薄いかさぶたが裂けて血と黄色い体液が滲む。

かつて王都で称賛を浴びた透き通るような肌の面影はなく、染みついた高級な化粧品の残り香も今や汗とカビの臭いに完全に死んでいた。


「おい、ガレス!飯はまだか。いつまで待たせる気だ!」

ゼクスの怒声が反響し不気味なエコーとなって暗闇の奥へと消えていく。

ビクッと肩を震わせたのは火のそばでうずくまっていた神官のガレスだった。

かつては王都の神殿でも一、二を争う清らかな魔力で知られ、民衆から聖職者として崇められていた彼だがその面影はない。

支給品の安っぽい法衣は泥でどす黒く染まり、無精髭の生えた顔には疲労が濃く刻まれていた。

目は極度の睡眠不足で虚ろに濁り、震える手で湿った薪に火をつけようと必死に魔石を擦っている。

しかし、弱々しい炎はすぐに消え、目に染みる嫌な煙を吐き出すばかりだ。


「も、申し訳ありません、ゼクス……水が、なかなか沸かず……それに、魔石の出力もまったく安定しなくて……」

ガレスは咳き込みながら震える声で答えたが、ゼクスは「言い訳はいい!」と怒鳴り散らした。


差し出された木椀の中身を見てゼクスはさらに顔を歪めた。

干し肉と硬いパンを煮込んだだけの代物だが、使われている地下水がすでに数日前から腐りかけており、表面には不気味な油膜と灰色の泡が浮いている。

一口すすると舌を刺すような酸味と泥の風味が口いっぱいに広がり、胃袋が強烈な拒絶反応を示した。

ゼクスは反射的にそれを地面に吐き捨てた。


「こんな泥水が食えるか!お前、神官のくせに浄化魔法一つ満足にかけられないのか!」

「わ、私だって……魔力が……もう、一滴も……」

ガレスは両手で顔を覆い嗚咽を漏らした。


ガレスの震える体は泥と冷気に削り取られ、魔力を生み出す熱などどこにも残っていなかった。

青紫に染まった唇がガタガタと震え、祈りの聖印を結ぼうとする指先は硬直して動かない。

かじかんだ手で魔石に触れようとするが、その冷たさにビクッと手を引っ込めてしまう。

だがゼクスはそんな彼の限界を気遣うどころか、舌打ちをしてそっぽを向いた。


「使えない奴め。エルナ、お前が火を大きくしろ。これじゃ冷えて仕方ない」

「無理よ!さっきから言ってるでしょう、ローブが重くて立ち上がるのもやっとだって!あなたがなんとかしなさいよ!」

「俺に命令するな!」


ゼクスは苛立ちに任せて足元の弱々しい焚き火を泥のブーツで乱暴に踏みつけた。

ジュッ、と湿った情けない音を立てて火が消え、わずかな熱すらも冷たい泥に一瞬で吸い込まれていく。

飛び散った灰と泥水がエルナの顔にかかるがゼクスは謝ろうともしない。

エルナもまた八つ当たりのようにガレスの空の木椀を蹴り飛ばした。


ゼクスは苛立ちを紛らわすように立ち上がった。

その瞬間、ギィッという耳障りな金属音が静寂な迷宮に響き渡った。

「……チッ」

ゼクスは忌々しげに自分の肩を回した。

彼の身を包むのは、かつての羽のように軽いミスリル鎧ではなく安価な鋼鉄の鎧だ。

油差しと魔力充填を完全に怠ったことで関節部が悲鳴を上げている。

それはただの重厚な鉄の枷となり、彼の体力を容赦なく削り取っていく。

動くたびに軋む鎧は彼らの破綻した現状をあざ笑うかのように不快な摩擦音を立て続けた。


そしてゼクスにとって何よりも耐え難い現実が彼の腰に下げられていた。

彼はゆっくりと、すがるような手つきで伝説の「聖剣」を鞘から引き抜いた。


鏡のように磨き上げられていた刀身には、赤茶けた錆がまるで深刻な皮膚病のように斑点状に浮き上がっている。

刃に触れた指の跡だけ、錆の粉が帯になってべっとりとこびりついた。

鋭かった刃はいくつも欠け、無惨な刃こぼれが連なっている。

柄を巻いていた最高級の革は湿気で腐り落ち、握るだけでボロボロと崩れていく。

鞘の口には査定札を通す穴だけ残った麻紐が鍔の根元で擦り切れ、無価値を示す黒い封蝋の欠片がまだこびりついている。

それを乱暴に剥がそうとしたゼクスの爪の間に赤い錆の粉が入り込んだ。

それはもう「聖剣」などと呼べる代物ではなく、戦場に打ち捨てられた貧相ななまくら刀そのものだ。


錆の隙間からはかつてリアンの手によって巧妙に埋められていたはずの無数の「ヒビ」が黒い筋状の割れとなって不気味に浮き出ている。


「……あり得ない」


ゼクスは震える手で錆びついた刃に触れた。

指先に伝わるざらついた感触が、彼の神経を逆撫でする。

「俺の剣が……神に選ばれたこの俺の聖剣が、こんな赤錆にまみれるはずがない……!」


彼はギリッと奥歯を噛み鳴らし朽ちた刀身から忌々しげに目を逸らした。


「……あいつだ。あの無能なゴミ虫が……!」

ゼクスの声が暗く湿った迷宮に低く響いた。

ガレスとエルナがビクッと顔を上げる。


「リアンの野郎だ。あいつが追放された腹いせに、俺たちに呪い……いや。俺は勇者だ。効くはずがない。……ない、のに。でも……錆びてる……。あいつが、俺から道具を取り上げられた時……あの目だ!あの時、俺の聖剣に腐敗の呪いを仕込みやがったんだ!」


ゼクスの瞳に狂信的な光が宿る。


「くそっ、陰湿な真似を……!戦う力もないくせに、陰湿な呪いで俺の足を……!だがな、俺は屈しない。屈しないぞ。俺は、神に選ばれたんだ。俺は間違ってない!間違ってるのはあいつだ!」


ゼクスは親指で刀身の錆を乱暴に拭った。

指の腹が赤く汚れ、刀身にはかえって太い錆の帯が広がる。

彼はそれをもう一度力任せに拭う。

さらに指が汚れ、錆の帯は斑点と混ざり合って黒ずんでいく。


「この試練を……試練なんだ、これは。乗り越えれば、もっと輝く。そうだ、輝くんだ。俺の聖剣は……絶対に錆びない!俺こそが本物の勇者だと、見せつけてやる……!」


拭えば拭うほど腐食が露わになる剣を高く掲げ、ゼクスは虚空に向かって吠えた。

話が飛び矛盾した言葉をブツブツと繰り返しながら、ゼクスは自らに言い聞かせ、すがるように錆びた剣を振り回した。

暗闇の中で名も知らぬ虫がゼクスの顔の周りを飛び回り、甲高い羽音を立てる。

苛立ちに任せて首筋を叩くと潰れた虫の体液と彼自身の血がべっとりと付着した。


「くそっ、くそっ、くそっ……!」


ゼクスが狂気じみた動きで泥を蹴り飛ばすのを、神官ガレスは少し離れた場所から虚ろな目で見つめていた。


消えた焚き火の代わりに手元の魔石の弱々しい光に照らされた、ゼクスの剣。

ガレスの視線はその刀身に浮き出た黒いヒビと赤錆に一瞬だけ固定された。

胃の奥がひやりと冷えた。


(……呪いじゃない)


『俺がいなくなれば、装備も拠点も一晩で朽ちる』

リアンが去り際に残した低い声が、耳の奥で生々しく蘇る。

ガレスは喉の奥でヒッと短い音を立て自らの両腕をきつく抱きしめた。

ただの――手入れ切れだ。


しかし支離滅裂な言葉を叫びながら錆びた剣を振り回す勇者を前にして、その絶望を口に出す勇気は彼にはなかった。

ガレスはただ身を震わせ膝を抱えて丸くなることしかできなかった。

足元の湿った地面からは黒く濁った水がじわりと滲み出し、得体の知れない羽虫が絶え間なく顔の周りにまとわりつく。

動くたびに悲鳴を上げる鎧の軋みだけが終わりのない暗闇に虚しく吸い込まれていった。

一方その頃の勇者たちですが、あまりの不快な環境描写に「ざまぁ」を感じていただけたでしょうか。

メンテナンスを怠れば、どんな伝説の武器もただの錆びた鉄屑に成り下がります。

リアンの造った「楽園」と彼らの「地獄」……その圧倒的な格差を、この章ではたっぷりとお届けします。

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